第三話「逢引」4
第3話「逢引」は6分割で更新していきます。これは4つ目です。
次に馬車が止まったのは、大通りから二本入った路地だった。
喧騒がゆっくりと遠ざかり、空気が澄む。
檜の香りが柔らかく立ちのぼる二階建ての茶館。
軒先には「聚芳茶坊」と彫られた木札が揺れ、
奥からは、透き通るような琴の音が流れていた。
戸を開けると、温かな空気とともに、
深い茶の香りがふわりと広がる。
店内は竹の簾がゆるやかに空間を区切り、
陽光は簾越しにやわらかく揺れながら差し込んでいた。
青磁の茶器が各卓に整えられ、
壁には墨の線がまだ生きているような詩句。
茶館というより、
静かに呼吸する小さな文化の庭のようだった。
「凌偉様! お待ちしておりました!」
店主が足早に駆け寄り、丁寧に頭を下げる。
「急にすまないな。」
凌偉が言うと、店主はぱっと顔を明るくした。
「いえっ! 凌偉様と春燕様にお越しいただけるのでしたら!
我が聚芳茶坊、この上ない名誉でございます。」
店主は胸いっぱいの喜びをそのまま声にしながら、奥へと案内した。
茶館の中央には、小さな池が広がり、
鯉がゆっくりと尾を揺らしている。
水面の光が、天井に揺れる反射を落としていた。
案内されたのは、池を見渡せる離れの席。
外の喧噪は届かず、琴の音が淡く満ちる。
「お昼時なのに、空いているのですね。」
春燕が、誰もいない店内を不思議そうに眺める。
「ちょうど良かったな。」
凌偉は静かに言った。
——本当は、今日一日この店を貸し切っていた。
春燕と、人目を気にせず食事できるように。
だが……それは言わない方が良さそうだ。
「春燕!この店は点心で一番人気の店だから。
どれも美味しいよ!」
愁飛が嬉しそうに言いながら、
運ばれてきたせいろを開け始める。
ふわり、と湯気があがる。
海老、蓮根、棗、香草。
山の恵みから海の幸まで、
きめ細やかな仕上げで、それぞれが小さな宝石のように蒸されていた。
「どんどん食べてね!支払いは凌偉だから!」
愁飛は豪快に、次々と蓋を開けていく。
視界いっぱいに並ぶ点心の彩りに、
春燕の瞳はキラキラと輝いた。
「凌偉様、愁飛様。先に召し上がりください!
私達は、お二人が召し上がってからで……!」
春燕と雪麗は、きちんと両手を膝に揃えて座る。
「何言ってるの!出来立てが一番美味しいんだから!
あったかいうちに食べて!!」
愁飛は笑い、湯気の立つ海老の点心を春燕へ
差し出した。
「雪麗も!せっかく初めてのお出かけなんだから。
遠慮はなし。ね、凌偉。」
凌偉は静かに頷く。
促され、春燕と雪麗は、そっと箸を伸ばした。
「〜〜!おっ……美味しい、です!」
驚きと喜びが、そのまま声になる。
雪麗も思わず、「美味しい……!」と小さくこぼした。
二人の素直な反応に、
凌偉も愁飛も、表情を緩めずにはいられなかった。
※作者より
「水月鏡花」の更新は【週3日/月・水・金 21時頃】です。
春燕と凌偉、それぞれの心の距離が、
少しずつ近づいていく時間を、
見守っていただけたら嬉しいです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




