第三話「逢引」2
第3話「逢引」は6分割で更新していきます。これは2つ目です。
次の日、昼下がりの本邸の廊下。
庭から吹き込む初夏の風が、薄い簾をふわりと揺らしていた。
春燕は嬌と並んで歩いていたところで、後ろから呼び止められる。
「春燕」
振り向くと、凌偉が立っていた。
「連れて行きたい場所がある。午前の仕事が終わったら、一緒に街に行かないか?」
「はっ、はいっ!」
春燕は思わず声を裏返らせる。
月夜に舟遊びをした時に、一緒に街に行く。
——そう約束したのは確かだ。
でも、それはもっとずっと先のことだと思っていた。
「オレの仕事がキリがついたら呼びにくる。本邸にいてくれ。
叔母上、昼食は春燕と街でとりますので、いりません」
手短に告げると、凌偉は踵を返し、足早に歩き去っていった。
嬌は、二人のやりとりを柔らかく見守っていた。
(ほほほ。仲良くなって……。
凌偉から一緒にお出かけのお誘いだなんて。素敵ねぇ)
——と、思った次の瞬間。
(……は? お出かけ?)
(お出かけ!?)
「な、なんですってぇー!!?」
嬌は手にしていた扇を、盛大に落とした。
「初めての! お出かけと聞いて!!」
ぐわっ、と目が見開かれる。迫力がすごい。
「春燕!!まさか、そのまま出かけるつもりでは
ないでしょうね!?」
圧がすごい。
春燕は反射的に一歩さがる。
……その通りだった。
実家から持ってきたのは、綻びを縫いながら着続けているこの普段着だけ。
他は掃除や庭仕事用の動きやすい服。
そして、先日の宴の際に嬌から貸してもらった
(と、春燕は思っている)服のみ。
「そ……そうですが……」
「いらっしゃい!!」
嬌はそのまま春燕の手をつかみ、
ずるずると自室へ連行した。
嬌の部屋には、かわいいものに目がない彼女が、
『春燕に似合いそう』という理由だけで買い集めて
きた服が、季節ごとに整然と並んでいる。
「これもいい。これもいいわ……」
気づけば——
あっという間に春燕は、水色の涼やかな衣に着替えさせられていた。
♦︎
馬車に揺られ、街の中心へ向かう。
乗っているのは、凌偉、春燕、愁飛、雪麗の四人。
「お嬢様。よくお似合いです」
雪麗は目を細め、感極まったように言った。
「この前の宴の服も良かったけど、今日のも可愛いね」
愁飛は、いつもより楽しげに笑っている。
「ありがとうございます。叔母様にお借りしました」
春燕は少し照れながら答えた。
(それ、全部春燕のために買った服だから……)
——春燕以外、全員、心の中で思っていた。
馬車の窓の外では、徐々に人々のざわめきが強くなっていく。
市場の喧騒。
香ばしい焼き菓子の匂い。
行き交う客引きの声。
賑やかな街へ近づくほど、春燕の胸はそわそわと高鳴っていった。
どこへ向かうのだろう。
凌偉と「街へ出る」――
そのこと自体が、春燕にはまだ現実味を帯びない。
馬車が揺れるたびに袖が揺れ、ふと視線を上げた瞬間。
凌偉と目が合った。
その一瞬に、時間がすっと静まる。
凌偉は短く息を吸い、
そして視線を逸らさず言った。
「……よく似合っている」
言い終えると、凌偉は気まずそうに横を向いてしまう。
向かい側の愁飛は、肩を震わせながら笑いを堪えていた。
※作者より
「水月鏡花」の更新は【週3日/月・水・金 21時頃】です。
春燕と凌偉、それぞれの心の距離が、
少しずつ近づいていく時間を、
見守っていただけたら嬉しいです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




