間の話 1「宴の準備」
その日、春燕は本邸の一角にある凌偉の叔父、恭信と叔母、嬌の部屋へ招かれていた。
中庭は初夏を迎え、涼やかな風が新緑を揺らしている。
湯の立つ茶器の香りが、やわらかく部屋に満ちていた。
「初夏の宴ですか?」
春燕が茶杯を両手で包みながら問いかける。
「そうだ。昼間は馴染みの取引先や得意先の客人相手の宴だ。楼と庭園内を使ってもてなす。」
凌偉が静かに茶を口に運びながら応じた。
「夜は琳家の家族と使用人達の…慰労会みないな宴だな。」
「まあ…!」
春燕は思わず声を弾ませた。
宴という言葉は、彼女にとって別世界のものだった。皇族や大貴族がやるもの——そう思っていたからだ。
「以前やった時は、兄上と芙蓉殿が庭の池に
舟を浮かべて月見をしてたな。」
恭信が穏やかに微笑む。
「月明かりに照らされた芙蓉お姉様の美しかったこと!!
まるで月から来た天女のようでしたよ!」
嬌は両手を胸の前で組み、うっとりと目を細めた。
その光景を思い出しながら、三人は自然と笑みを交わしていた。
——昔は、こんな風に凌偉と話すことなどできなかった。
恭信と嬌は、胸の奥にじんとあたたかいものを感じていた。
凌偉は茶器のふちに視線を落とし、思案する。
(もう初夏だし時間もないからな……今回の宴はやめて、秋に規模を小さくして催すかー……)
そう言いかけた、そのとき。
「素敵ですね。宴なんて…夢見たい。」
春燕は、目を細め、ほんの少し頬を染めながら言った。
その表情は、憧れに胸を灯した少女そのものだった。
見ているだけで、胸がくすぐられるような笑顔だった。
その瞬間——。
凌偉と恭信と嬌は、音を立てて同時に立ち上がった。
「番頭達を呼べ!」
「宴の準備だ!」
「急ぎますよ!」
三人は顔を見合わせ、言葉より先に身体が動き慌ただしく外へ出て行った。
「急にどうされたのかしら…?」
春燕は、一人残され、ぽかんと目を瞬かせていた。
「水月鏡花」の更新は【週3日、月・水・金:21時頃】です。
春燕と凌偉、それぞれの心の距離が少しずつ
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