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水月鏡花―中華恋愛譚・静かに灯る初恋―  作者: 麻倉ロゼ
第二章「花心、光にほどく」

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第一話「夏の宴」5

第一話「夏の宴」は5分割で更新していきます。これは5つ目です。

 琳家りんけの庭園は、いつも以上に花で飾られていた。

咲き誇る牡丹ぼたん芍薬しゃくやくが風に揺れ、

香りがあたり一面に漂う。

光を受けた花びらがきらきらと反射して、まるで

庭そのものが光を放っているようだった。


宴が始まると、てい(東屋)では歌人や文人たちが集い、

詩を読み合っていた。

楽人が奏でる琴や笛の音に合わせて、舞姫たちが

優雅に舞う。絹の衣が風を切るたび、白や朱の

残光が空気の中を流れていく。


春燕しゅんえんはその光景を見つめながら、思わず息を呑んだ。

「なんて綺麗なの…」

その声には、感嘆と少しの憧れが滲んでいた。


普段の琳家の庭園も十分に美しい。

だが今日の庭は、まるで別世界のようだった。

水面に映る花々、漂う香、笑い声。

すべてが調和して、ひとつの絵のように完成している。

春燕は、ここが現世ではなく天上の世界なのではないかと

錯覚するほどだった。


「宴は久しぶりだからな。みんな張り切ってくれた。」

隣を歩く凌偉りょういが、誇らしげに言う。

「以前はよく宴が?」春燕が首を傾げる。


「ああ。父上は季節ごとに宴を催していた。

 今日みたいに客を呼ぶものから、家族だけで

 楽しむものまで…。母上は…身体が強い人ではなかったが、

 体調がいい時は外に出て楽しんでいた。」

その言葉の途中で、凌偉の視線が少し遠くへと向かった。


懐かしむような、どこか温かな眼差しだった。


——以前は、両親のことを口にすることすら

許さなかったと聞いていた。

両親が亡くなった事故の後、凌偉は長く心を

閉ざしていた。

そんな彼が今、穏やかに両親を語っている。

それだけで春燕の胸は静かに温まっていった。


 二人は、琳家の家族用に設けられたてい(東屋)――

雲楼亭うんろうていへと歩みを進める。

そこにはすでに昼餉ひるげの用意が整っており、湯気と

香りが立ちのぼっていた。


運ばれてきた料理はどれも豪華そのものだった。

塩蒸しされたかも肉は、野菜の鮮やかな飾り切りで

彩られ、器の上で一幅の絵のように並んでいる。

香辛料を利かせた魚の酢汁煮、黒もち米を蓮の葉で

包んだ蒸し物、鶏肉と筍を湯葉で巻いた

香ばしい煎り料理——。


春燕がこれまで見たことのない品ばかりだった。

「美味しい…!」

一口ごとに目を輝かせる春燕。

その無垢な表情に、凌偉はつい微笑んでしまう。

彼の視線に気づかぬまま、春燕は次の料理に

箸を伸ばした。


その穏やかな時間を、屋敷の使用人たちが

少し離れた場所から見守っている。

「邪魔にならないようにな!」

「見て!凌偉様のお顔!」

「もう少し近づけばよろしいのに!」

囁き合う声に、誰もが顔を綻ばせていた。


長い喪の時を経て、ようやく戻ってきた琳家の笑顔。

それは、初夏の光のようにまぶしく、温かかった。


「疲れてないか?」穏やかな声が隣から聞こえた。

「いえっ! 大丈夫です。」春燕は慌てて笑顔を作る。

庭園では、客人たちにも次々と料理が運ばれていく。

香ばしい香りと湯気が漂い、笑い声が絶えない。

そんな賑わいの中で、春燕の視線はふと厨房の

方へと向かった。


——あれだけの料理を支度するなんて、厨房は

今きっと大変だろう。

私にも何かできることがあれば……。

そう思った瞬間、身体が自然に動いていた。


「凌偉様。私はそろそろ厨房の手伝いに……。」

口にした途端、凌偉の低い声がその言葉を遮った。

「ダメだ。」

即座に返ってきたその一言に、春燕は

思わず瞬きをする。

凌偉の声は静かだったが、不思議と強い響きを持っていた。

「今日は屋敷の仕事はしなくていい。」

「でも……。」


言いかけた春燕の言葉を、凌偉は柔らかな

笑みで包み込む。

「今日はオレの隣にいてくれ。」

その一言に、春燕の胸が——とくん、と鳴った。


空気が少し変わった気がする。

周囲の喧噪が遠のいて、二人だけの世界になったような錯覚。

どうしてだろう……。

凌偉様が優しく笑うたびに、胸の奥がじんわりと

暖かくなる。

それが何なのか、春燕にはまだわからなかった。

けれど、心が何かを覚え始めていることだけは確かだった。

「水月鏡花」の更新は【週3日、月・水・金:21時頃】です。

春燕と凌偉、それぞれの心の距離が少しずつ

近づいていく時間を、

皆さまにも見守っていただけたら嬉しいです。


「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、

ブックマークや応援をしてもらえると励みになります。

感想もとても嬉しいです。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます!

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