第二話「夕月と紅花」5
本邸の離れの一つ。
二階建ての小さな建物に案内され、雪麗は足を踏み入れた。
中はひんやりと静かで、一階はほとんど物置のようだった。
棚には掃除道具や布の束が積まれ、奥の隅には大きな木の機械が置かれている。
「(あれは……機織り機?)」
見たこともないその形に、雪麗は思わず目を奪われた。
「屋根裏が私たちの部屋だから。」紅花が短く言い、
立てかけられた階段を軽やかに上っていく。
雪麗も慌ててその後を追った。
屋根裏と聞いて想像していたよりも、ずっと広く明るかった。
天井は高く、窓からは柔らかな光が差し込み、床も板張りできちんと整えられている。
衣装棚、鏡、布団――どれも整然と並んでいた。
(これが……使用人の部屋?)
自分の家で使っていた粗末な寝床を思い出し、雪麗は言葉を失った。
「大体、部屋の真ん中から左側は私が使ってるから。
雪麗は右側、適当に使って。荷物は空いてる棚にしまって。」
紅花がきびきびとした口調で説明する。
「灯り用の油はここ。なくなったら本邸番の
文禄様に言うの。無駄遣いはしないでね。」
手際よくあれこれ指差しながら、要点だけを淡々と伝えていく。
「この屋敷は、使用人の取り決めがきっちりしてるから。わからない時は必ず聞いて。」
「はい。わかりました。」雪麗は静かに頷いた。
その時、紅花はふっと小さくため息をつき、少しだけ目を逸らした。
「……ごめん。雪麗。自分でも気をつけてるんだけど、
口調がキツい時があっても、怒ってるわけじゃないから。」
「は…はい。」思いがけない気遣いに、雪麗は少し驚いた。
荷物を棚にしまいながら、紅花がふと声をかける。
「ねぇ、雪麗の荷物、それだけなの?」
「はい。」
「春燕様の荷物も少なかったけど……後で届くの?」
「いえ。これだけです。」
何の不自然さもなく答える雪麗に、紅花は一瞬黙り、
何かを悟ったように目線を逸らす。
「必要なものがあったら言って。本邸の使用人用の物は、文禄様が揃えてくれるから。」
紅花がいつもの調子で言う。
「ちょっと待ってて。」
そう言って外へ出ていき、すぐに戻ってきた。
手には湯気の立つ桶。
「雪麗も身体拭きな。使用人は毎日湯浴みはできないけど、
お湯なら厨房に言えばもらえるから。」
「はい……。」
春燕が夕月に圧倒されていたように、
雪麗もまた紅花の有無を言わせぬ手際に圧倒されていた。
けれど、その一つ一つにちゃんとした思いやりがある。
厳しく見えて、優しい人――そんな印象が胸に残った。
「私、今日の分の仕事があるから下にいる。
夕飯はまだだから、拭き終わったら好きにしてて。」
紅花はそう言って階段を降りていった。
すぐに下から、カシャン、カシャン……と規則的な音が響いてくる。
雪麗は桶のお湯で手早く身体を拭きながら、
「お湯で身体を拭くなんて……久しぶりだ。」と、ぽつりと呟いた。




