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水月鏡花―中華恋愛譚・静かに灯る初恋―  作者: 麻倉ロゼ
第一章「氷心、春に融く」

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番外編 「手紙」



 その日、琳家は朝から騒がしかった。

凌偉りょういは急な商談に呼び出され、

取引相手との応対に追われていた。


一方の春燕しゅんえんも、屋敷の仕事が重なり、

息つく暇もないまま動き回っていた。

同じ屋敷にいるはずなのに、朝から一度も

顔を合わせられていない。


 ――ほんの数分前まで、彼はあの部屋の前にいたらしい。

 ――ほんの少し急げば、廊下の角で会えていたのに。


そんな小さな“すれ違い”が積もるたび、春燕は胸の奥が

そわそわと落ち着かなくなっていった。

(……どうしてだろう。別にお会いできなくても、

 仕事はできるのに)

理由は分からない。だが、心だけが妙に追いつかない。


そのころ、凌偉もまた、筆を走らせながらふと気づく。

「……そういえば、今日は春燕を一度も見ていないな」

思った瞬間、胸に小さく苛立つような、

落ち着かない感覚が広がる。

忙しくて会えないだけ。それだけのはずなのに、

気持ちが妙にざわついた。



 その日の午後。

ようやく仕事を終えて部屋に戻った春燕は、机の上に

置かれた封書に目を見張った。

 (――凌偉様の筆跡だ。)

驚きながら封を開けると、短い文が目に飛び込んできた。


『昼前に部屋の前を通った。顔を見れたらと

思ったが、いなかったな。

……また書物を貸す。夜、時間があれば読め。

灯りも好きに使え。   凌偉』


――胸が、ふわりと温かくなる。

たった数行なのに、自分のために筆を取ってくれた

ことが信じられない。大切に読み返すたびに、胸の奥が

そっと撫でられたようにじんわりと満ちていく。

(……今、凌偉様は何をしていらっしゃるんだろう)

その問いが、気づかぬうちに春燕の心をほのかに照らしていた。


その意味に――春燕はまだ気づいていない。



 ーその夜。

仕事を終えて凌偉が部屋に戻ると、控えめな返事の

手紙が届けられていた。


『お忙しい中、温かいお言葉をありがとうございます。

書物、大切に読ませていただきます。

本日はお会いできませんでしたが……

どうかご自愛ください。    春燕』


読み終えた瞬間、凌偉は思わず息をのむ。

それだけの短い文なのに。

言葉がやわらかく胸に染み込み、

ひそやかな火のように、心の奥を温めていく。

気づけば二度、三度と何度も読み返していた。


「……たった一日会わなかっただけで、何をしているんだ、オレは。」自嘲のように呟く。


理由なんて分からない。

ただ、会いたかった。

ほんの少しでも、彼女の気配がほしかった。

その想いが、もう隠せないほどに膨らみ始めている。


ただひとつだけ確かなことは――


彼の心が、もう春燕へと傾き始めているということだった。

第二章からの更新は1月5日からです。

また、第二章は週3回更新へ変更 させていただきます。

(更新曜日:月・水・金)

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