番外編 「二人だけの星空」
帳場を出ると、外はすっかり夜になっていた。
灯籠の明かりが庭の石畳を淡く照らし、風が衣の裾を
静かに揺らす。
ふと顔を上げると、夜空には無数の星が散らばっていた。
その中で、一際明るく輝く星がひとつ。
そしてそのすぐ隣に、寄り添うように光る小さな星。
凌偉は思わず目を細める。
――まるで父上と母上のようだ。
強く、優しく、並んで輝いている。
胸の奥が温かく満たされていく。ああ、そうか。
ずっと、そこにいてくれたんだな。
「……オレも見つけた。」
そう呟いた瞬間、自然と足が庭園へと向かっていた。
今日は――彼女に会えるだろうか。
季節が変わり、春の星はもう見えなくなってしまった。
けれど、あの星空を一緒に見た夜の記憶が、
今も胸に残っている。祈るような気持ちで、二人で
星を見上げたあの橋へと歩を進める。
池のほとりにかかる小さな橋。
そこに春燕がいた。
欄干に寄りかかり、夜空を見上げている。
月光が頬を照らし、髪が風に揺れる。
その姿を見た瞬間、凌偉の口元が自然と緩んだ。
「春燕。」
声をかけると、春燕がぱっと顔を上げる。
「凌偉様!」
花が咲くように笑顔を見せ、軽やかに駆け寄ってくる。
「こんな遅くまで……また帳場にいらしたのですか?」
「まあな。」凌偉は小さくうなずいた。
「春燕、オレも――父上と母上の星を見つけたんだ。」
「まあ、本当ですか!?どの星ですか?」
春燕の瞳が夜空の光を映して輝く。
「あの一番明るい星だ。あの灯籠の真上、ほら……。」
凌偉が指を伸ばす。
「どこですか?」春燕が目を凝らす。
不意に凌偉の身体が春燕に近づき、身体を、
肩と肩を寄せ合う。
凌偉が春燕にわかるように指を差す。
「……見つけました。」
春燕の声が小さく漏れる。
屋敷で一番立派な灯籠の上に、一等輝く星があった。
そのすぐ隣で、小さな星が寄り添うように瞬いている。
「隣にあるのが母上の星だ。」凌偉が柔らかく言う。
「二人は、いつも寄り添っていたからな。」
「素敵ですね……。」
春燕はその光を見つめながら微笑んだ。
凌偉は少し黙り、袖の中から一枚の丸めた紙を取り出した。
「これを、春燕に。」
「これは……?」春燕が不思議そうに首をかしげる。
「星官表だ。星の名前と位置が書いてある。」
凌偉の声は静かだったが、その瞳はどこか
優しい光を帯びていた。
「前に言っていただろう。春燕の母上の星は
春の星だから、もう見えなくなるって。」
春燕がはっと顔を上げる。
「だから……これを。いつでも母上の星を見られるように。」
春燕の指先が震えながら紙を受け取る。
胸の奥が、締めつけられるほど熱くなり、言葉が
うまく出てこない。
「ありがとうございます……。どう…お礼を言えばいいのか……。」
凌偉は首を横に振った。
「礼なんていらない。」
「でも……。何か、お返しをさせてください。」
春燕の声は少し掠れていた。
凌偉は少しだけ考えてから、静かに言った。
「それなら――これからも、こうして二人で
過ごす時間が欲しい。」
春燕が驚いて目を見開く。
「春燕のことを教えてほしい。オレは、春燕ことがもっと知りたい。」
まっすぐに射抜くような瞳。その中に自分が映っている。
「……私も。」
春燕は小さく息を吸い、囁くように言った。
「私も、凌偉様のこと…もっと知りたいです。」
その言葉に、凌偉の表情がやわらぐ。
風が池の水面を揺らし、月が波の上で踊る。
夜空には、二人を見守るように満天の星が瞬いていた。
次回の更新は【明日21時頃】です。
春燕と凌偉、それぞれの心の距離が少しずつ
近づいていく時間を、
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