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水月鏡花―中華恋愛譚・静かに灯る初恋―  作者: 麻倉ロゼ
第一章「氷心、春に融く」

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第二話「夕月と紅花」4

 食後の膳が片づけられると、部屋の中は再び静けさを取り戻した。

灯台の火がゆらゆらと揺れ、淡い橙色の光が壁と天蓋てんがいを優しく染めている。

外では夜風が笛のように吹き抜け、庭の竹がさらさらと鳴った。


「お食事、お疲れさまでした。少し休みましょうね。」


夕月ゆうづき春燕しゅんえんの背後に回り、椅子をそっと勧めた。

卓の上には、まだ温かい茶器が一つ。香り高い花茶の湯気が漂っている。

春燕が腰を下ろすと、夕月はくしを手に取り、静かに言った。


「髪、いてもよろしいですか?」


春燕は驚いて振り向く。

「え……そんな!自分で――」


「いいんですよ。」夕月は柔らかく笑い、春燕の肩にそっと手を置いた。


「せっかく長い旅を終えてお疲れでしょう?

 今夜くらいは人の手に甘えてくださいな。」その言葉に、春燕の胸が温かくなった。

おずおずと頷くと、夕月は微笑み、丁寧にくしを髪に入れた。

くしが髪をすべる音が、静かな部屋にかすかに響く。ゆっくり、ゆっくり。

髪の一本も乱さぬよう、まるで絹を撫でるような手つきだった。


「……本当に、きれいな髪ですね。」夕月がぽつりと言う。

「こんなに滑らかで柔らかい髪、久しぶりに見ました。」


「そ、そんな……お世辞でも嬉しいです。」

 春燕が照れたように笑うと、夕月はくすりと笑い返す。


「お世辞じゃありませんよ。風に当たってもつやを保ってるなんて、

 よほど丁寧にお手入れされてきた証拠です。」その言葉に、春燕は思い出す。


「……雪麗せつれいが、毎朝梳いてくれていました。

 忙しいのに、いつも丁寧に。」


夕月は手を止め、少し優しく頷いた。

「そう……とても大切にされていたんですね。」


「はい。」

春燕は胸の奥がくすぐったくなりはにかみながら俯いた。


夕月がそんな春燕を何も言わず、優しく見つめる。櫛が最後のひとすべりを終えると、

髪は月光のように艶やかに輝いた。

「はい、これでおしまい。とっても綺麗になりましたよ!

 では春燕様!今日はゆ〜っくりお休みください。また明日来ますね〜!」

後片づけを終えた夕月は、春燕の寝る支度まで手伝い、にこやかに手を振って部屋を出ていった。


賑やかだった部屋に静寂が戻る。


灯りの油が、ちろちろと心細く揺れる。


「油を使いすぎたら、もったいないわ……。」


春燕は小さくつぶやき、早めに灯を落とした。

寝台の布団に身を沈める。

柔らかく、驚くほど温かい。

ふと、今日一日の出来事を思い返そうとしたが、

湯のぬくもりと布団の心地よさが、すぐに意識を包みこんでいく。


(……琳家……本邸……凌偉りょうい…様)


思考の断片がふわりと溶けて、

春燕のまぶたが、そっと閉じられた。

――こうして、春燕の長い一日は静かに幕を下ろした。

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