第十四話「雨」6
第十四話「雨」は6分割で更新していきます。これは6つ目です。
それから春燕は、何度も凌偉のもとを訪れた。
目を合わせても、もらえない日、数言だけ交わせる日、
まったく姿を見せない日。その繰り返しの中で、
雨は止む気配もなく降り続けた。
季節が一巡りするように、一ヶ月が過ぎた頃。
今日も凌偉は、目を合わせた瞬間に部屋へと閉じこもった。
「拒絶されていないだけ……いいのかしら。」
春燕はため息をこぼし、静まり返った廊下を歩いた。
やがて屋敷中が、春燕の想いを知るようになった。
帳場でも、厨房でも、庭でも、厩でも。
使用人や取引相手や客…。誰もが春燕の手を握り、
託すように言うのだ。
——凌偉様を、お願いします。
そのたびに春燕は、胸の奥で何かが少しずつ
熱くなっていくのを感じていた。
「春燕様!」
背後から声がして、振り向くと倉庫番の景元が
走ってくる。
「景元!奥様とお腹の子は大丈夫?」
「はい!もうだいぶ大きくなりまして。春燕様には
感謝してもしきれません。」
景元は笑いながらも、すぐに表情を曇らせた。
「凌偉様のところに通われてると聞きました…。
あの日、あの事故の日…倉庫番が…俺が道を
案内してたんです。道を間違えなければ…。
もっと早く着ければ旦那様も奥様も……。」
春燕はそっと息をのむ。
以前、景元が涙ながらに「凌偉様に恨まれている」と
話したことを思い出した。
「春燕様…。貴方様なら、凌偉様を救えるはずです。
どうか…どうかお願いします…!」
景元は深く頭を下げ、春燕の手を両手で握った。
春燕はその手を見つめ、静かに微笑んだ。
「わかりました。…必ず。」
その帰り、本邸の廊下で愁飛と出会う。
「春燕!」
「愁飛様!」
春燕が駆け寄ると、愁飛は満面の笑みで言った。
「わぁ、すごいね春燕。」ニコニコと笑いながら
言う愁飛。
「え……?」春燕が戸惑うと、愁飛は少し笑って
肩をすくめた。
「愁飛様……」春燕は意を決して言う。
「その……愁飛様の不思議な力で、凌偉様の心を
元のように戻すことは、できないのですか?」
愁飛は一瞬黙り込み、困ったように笑った。
「うーん……やろうと思えば、凌偉を前の凌偉みたいに
作ることはできるよ。」
目を細めて笑いながら言う愁飛。
「……。」作る…その表現に愁飛の力の底知れぬ恐怖を春燕は感じた。
「オレは神様じゃないから、人の心までは触ってはいけない。触って変えたら……それはもう、凌偉じゃない。」
雨音がまた強くなる。
「呼吸を整えたり、体の痛みを癒したり……そういう手助けはできる。でも——」
愁飛の瞳が静かに光った。
「人の心は、その人だけのもの。凌偉が自分で決めて、自分で乗り越えないと意味がないんだ。」
春燕は息を呑む。
愁飛は春燕の手を取り、柔らかく包み込んだ。
「だから春燕——」
「オレの想いも、君に託す。」
囁くように言って、にこりと微笑む。
「今の春燕は、無敵だから。」
「……え?」
「思いっきり、身体ごと、ぶつかっておいで。」
そう言って、愁飛は意味ありげに笑った。
外では、またひときわ強い雷鳴が響いていた。
次回の更新は【明日21時頃】です。
春燕と凌偉、それぞれの心の距離が少しずつ
近づいていく時間を、
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