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水月鏡花―中華恋愛譚・静かに灯る初恋―  作者: 麻倉ロゼ
第一章「氷心、春に融く」

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第十四話「雨」5

第十四話「雨」は6分割で更新していきます。これは5つ目です。

春燕しゅんえん様。きょう様から坊ちゃんのこと、聞かれたんですね。」

承光楼しょうこうろうの広間。雨音が屋根を叩く中、春燕しゅんえん雪麗せつれい

夕月ゆうづき紅花こうかの四人は穀物を入れる麻袋を囲んでいた。

机の上には針と糸、そして濡れた空気の中で

立ちのぼる茶の香り。


「ええ……酷い事故だったのね。お屋敷の皆も、

 とても辛かったでしょう。」

春燕がそう言うと、夕月と紅花は顔を見合わせ、

少し寂しげに笑った。


「……そうですね。」夕月が小さく頷く。

「最初は、誰も受け入れられなくて…。

 信じられなかったんですよ。」紅花が糸を引きながら言う。


しばらく沈黙が落ちる。雨が静かに土を打つ音だけが、

広間に満ちていた。

「私達も、最初のうちは元気になってもらおうと、

 いろんなことを試しました。」

夕月は縫い針を動かしながら、ぽつりと話し始めた。

「でも全然うまくいかなかった。

 ……前より少し話すようにはなったけど。」紅花が続ける。


喪が明け、凌偉りょういが再び商いの場に姿を見せたあの日。

まるで別人のように冷たい眼差しで、誰の声にも

反応しなかった。その時、屋敷中が凍りついた。

どうすれば、あの方の傷を癒せるのか。

医師でも、祈りでも、何も届かなかった。


「家族みたいに思っていても、所詮私達は使用人ですから……」

夕月の手が止まる。針の先が小さく震えた。

その沈黙の中に、長い年月のやるせなさが滲んでいた。


やがて夕月が顔を上げ、春燕の手をそっと包んだ。

「春燕様。坊ちゃんを、どうかお願いします。」

「私からも……若様をお願いします。」

紅花もその上に手を重ねる。

「私に……できるのかしら。」春燕は小さく呟く。

「また、凌偉様を傷つけてしまうかもしれない……。」


あの日の、錯乱した凌偉の姿が脳裏をかすめた。


「大丈夫です。」雪麗がそっと手を添える。

「お嬢様のされることに、間違いなどありません。」

三人の手が重なり、春燕の掌に暖かさが広がる。


「これだけの美女が揃って心配してるなんて、

 坊ちゃんも幸せ者ですねぇ。」夕月がふっと笑う。

四人は顔を見合わせ、柔らかく笑った。

「さぁ、さっさと縫い終わって……って雪麗、あんた

もう終わったの?早っ!」

「はい、終わりました。」雪麗は静かに糸を切った。

その穏やかな声に、春燕の胸の緊張も少しほぐれた。

次回の更新は【明日21時頃】です。

春燕と凌偉、それぞれの心の距離が少しずつ

近づいていく時間を、

皆さまにも見守っていただけたら嬉しいです。


「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、

ブックマークや応援をしてもらえると励みになります。

感想もとても嬉しいです。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます!

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