第二話「夕月と紅花」3
「さあ、夕餉にいたしましょう。」
夕月の声に促され、春燕は卓の前に座った。すぐに扉の向こうから
数人の使用人たちが現れ、音も立てずに膳を運び入れる。
次々と並べられていく器。湯気がほのかに立ちのぼり、
部屋いっぱいに温かな香りが広がった。
中央の鉢には、黄金色の粥。干し貝柱と鶏の旨味がとけ合い、
表面には葱と胡麻が散らされている。
隣の皿には、表面がこんがりと焼かれた魚。
香ばしい皮の下に、ふっくらとした白身がのぞいていた。
それだけでも十分に贅沢だったが、さらに驚くべき光景が並んだ。
蓮の花の形に刃を入れた根菜、星のように細工された人参、
竹を模した青菜の和え物――。薄く甘い果物の蜜煮まで。
まるで花園がそのまま器に咲いたようだった。
「……わあ……!」思わず春燕の声が漏れる。
「本邸の厨房番たちが張り切っていましたからね〜!」
夕月が胸を張って言った。
「“凌偉様の婚約者様に出すお膳だ”って聞いたら、もう大騒ぎで!」
「そ、そんな……私のために……。」春燕は慌てて手を振った。
「ふふっ、皆、嬉しいんですよ。」夕月はにっこり笑いながら、箸をそっと手渡した。
春燕は箸を取る手が、かすかに震えた。
「(こんな食事……私が、食べていいのかしら)」
粥の湯気が頬を撫でる。緊張で喉が乾くような感覚のまま、一口だけ口に運んだ。
――美味しい…。
舌に広がるのは、穏やかな滋味。
身体の芯まで温かくなっていくのが分かる。
「お口に合いましたか?」夕月が覗きこむように尋ねる。
春燕は思わず頬を染め、こくりとうなずいた。
「はい……とても、美味しいです。」
その瞬間、夕月の笑みがぱっと明るくなる。
「よかったぁ!厨房番に伝えたら、きっと皆飛び上がって喜びますよ〜!」
夕月の屈託のない笑顔に、春燕の胸の奥が、ふっとほどけていった。




