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水月鏡花―中華恋愛譚・静かに灯る初恋―  作者: 麻倉ロゼ
第一章「氷心、春に融く」

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第十三話「揺らぎ」4

第十三話「揺らぎ」は6分割で更新していきます。これ4はつ目です。

 琳家へ戻る帰り道。

二人を乗せた馬車がゆっくりと石畳を進んでいく。

ひずめが打つ乾いた音が一定のリズムで

続くたび、春燕しゅんえんの胸の中だけが落ち着かなく揺れた。


先程の——仲達の前で見た凌偉りょういの横顔。

あの、感情を閉ざし、何も揺らぎを見せなかった姿が、

どうしても頭から離れない。


「まだ許せれぬか?」と問われたときの、

仲達ちゅうたつ殿が決める事ではない」

そう答えた、あの冷たく静かな声。

その響きは、すべてを拒むようでもあり、

すべてを遠ざけるようでもあった。


春燕は、膝の上で組んだ両手を見つめる。

仲達に強く握られた手。

その温度も指のあとも、まだそこに残っている気がした。


「凌偉殿を何卒お願いしたい」

託されたその言葉の重さは、胸の奥深くで

沈んだまま浮かばない。


——私は、何を託されたのだろう。

——託されるほどのものが、私にあるのだろうか。


胸の内側で、恐れのような気持ちが渦を巻く。

知りたい。でも、踏み出せない。

望んではいけないのに、心が求めてしまう。

“何も願わず、何も望まず、ただお役に立つ事だけ”

いつも唱えてきたその言葉が、耳の奥で響く。

春燕は小さく息を吐き、顔を上げた。


そのとき——

愁飛しゅうひから聞いた。景元けいげんの家でのこと。貴方の薬の

 腕前、なかなかのものだな。」

凌偉の低い声が、静かに響いた。


春燕の心臓が跳ねた。

「い、いえっ! あの…そんな大したことでは…!」

慌てて言葉を並べるが、どれもぎこちない。

「……ありがとうございます。」とやっとの思いで

小さく付け加える。


「その処方も、母上から学んだのか?」

凌偉は外を見たまま、穏やかな声で尋ねた。

「はい。」春燕の声は自然と明るくなった。

少し誇らしげに微笑む。

凌偉はふと、言葉を切り、しばらく沈黙したまま

視線を外に向ける。その沈黙に、

春燕は少し戸惑った。


「貴方の母上は、病で亡くなったと聞いている。」

突然の言葉に、春燕は小さく息を飲む。


次回の更新は【明日21時頃】です。

春燕と凌偉、それぞれの心の距離が少しずつ

近づいていく時間を、

皆さまにも見守っていただけたら嬉しいです。


「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、

ブックマークや応援をしてもらえると励みになります。

感想もとても嬉しいです。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます!

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