表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水月鏡花―中華恋愛譚・静かに灯る初恋―  作者: 麻倉ロゼ
第一章「氷心、春に融く」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/114

第二話「夕月と紅花」2

 夕月に導かれ、春燕は深く息を吸った。

門をくぐった瞬間、外の喧騒けんそうがふっと遠のく。

代わりに、こうの匂いと絹の衣擦れの音が満ちていた。

客をもてなす広間を抜けると、視界が一気に開ける。そこには、ひとつの庭があった。


白い石畳の道、薄紅の花が咲き誇る植え込み、そして水面がきらめく小さな池。

庭を囲むように建物が連なり、その奥へと続く回廊に、風がすべる。


「こちらです、春燕様。」

夕月が、軽やかに裾を翻して歩いていく。春燕は慌ててその背に続いた。

庭を右手に見ながら進むと、奥の建物の前で夕月が立ち止まる。


「気に入っていただけるといいのですが。」

そう言って、彼女は扉を静かに押し開けた。


春燕は思わず息を呑む。


室内は、美しい木目の柱と、白と淡い桃色で統一されていた。

窓や扉には細やかな彫刻が施され、光を受けて柔らかく輝いている。

寝台の上には、薄桃色の天蓋てんがいがふわりと揺れ、

陽の光を透かして淡く染まっていた。調度品の一つ一つが丁寧に手入れされていて、

どれもまるで宝石のようだ。


「これは……」春燕の声が自然と漏れる。


「春燕様のお部屋です。」夕月が嬉しそうに微笑んだ。


「わ、私の……!?」

「はい。お気に召しませんでしたか?

 もっと広いお部屋の方がよろしいなら……どこがいいかなぁ〜。」

 夕月は本気で考え始めたように首をかしげる。


「い、いえっ!! 全然そんなっ!」春燕は慌てて両手を振った。

「むしろ……こんな立派で素敵な部屋、私なんかに……もったいないです!」


夕月はぱっと笑顔を咲かせた。

「良かったぁ〜!気に入っていただけたなら本当に良かったです!」


その明るさに、春燕の緊張が少しだけほぐれる。


「さあ、湯浴みをいたしましょう。」夕月が軽やかに言う。

春燕はもう一度、部屋を見回した。

――こんな場所で、私が暮らすの?胸の奥が、静かに高鳴った。

 

 部屋にはすでに湯浴みの準備がされていた。春燕は断る隙もなく、

夕月によって強引に服を脱がされ、風呂桶に入れられていく。

桶の湯から立ちのぼる香りが、心の奥まで染み込んでくるようだった。


「春燕様! お湯加減大丈夫です!?」

明るい声で夕月が問いかける。


「はっ、はい! 大丈夫です!」春燕は慌てて答えた。


風呂桶にはたっぷりと湯が張られ、その中に摘みたての花が浮かんでいる。

白や淡紅の花弁が湯面に揺れ、光を反射してきらめいた。

ほのかに漂う甘い香りが、緊張でこわばっていた身体をゆるやかにほどいていく。


夕月は手際よく、春燕の髪を丁寧に洗い流した。

香油のついたくしが髪をすべり、しっとりとした艶を与えていく。


「すごく綺麗な髪ですねぇ。風に当たると、きっともっと柔らかく見えますよ。」

 夕月がうっとりと言う。

「そ、そんな……」春燕は頬を赤らめ、湯面を見つめた。


胸の奥で、ぽつりと小さな想いが芽生える。


(私一人のために……なんて贅沢なの。)


今まで、湯浴みといえば冷たい水で身を拭うのが当たり前だった。

こんなにも温かく、優しくもてなされるなんて想像もしていなかった。

まるで夢のよう――春燕は、胸の奥で静かにそう思った。


湯から上がると、夕月が柔らかな衣を用意してくれていた。

麻ではなく絹に近い滑らかさ。袖を通すたびに、心まで溶けていくようだった。

次回、第二話「夕月と紅花」3は

10/27(月)18:00頃更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ