第十話「豆豆」3
第十話「豆豆」は4分割で更新していきます。これは3つ目です。
春燕は廊下を歩きながら、胸の奥に
小さな迷いを抱えていた。
髪に結んだ赤い髪飾りに、そっと指先が触れる。
――母の遺した服の布をほどき、雪麗と
お揃いにした唯一の髪飾り。
ふたりの絆を確かめるように、琳家へ向かう
馬車の中、雪麗に手渡したもの。
「雪麗に、どう話したらいいのかしら……。」
そう考えながら掃除をしている雪麗の姿を
見つけると、意を決して声をかけた。
「雪麗。相談があるのだけど……。」
箒を止めた雪麗が、すぐに春燕の方へ振り返る。
「お嬢様。どうされましたか?
琳家の方と何か……お困りのことでも?」
その声は冷静でいながら、内にある心配がにじんでいた。
春燕は一瞬、言葉を探すように唇を噛み、
それから少しうつむいて上目遣いに雪麗を見上げた。
「あのね……凌偉様にいただいた豆豆に、
私たちと同じ飾りをつけてあげたいの。」
雪麗は思わず胸の奥がじんと熱くなる。
――なんて可愛らしい言い方なのだろう。
「豆豆に……同じ飾りを、ですか。」
口元に微笑を浮かべると、春燕は不安げに
うなずいた。
「私と雪麗、ふたりだけの大切なものに
しておきたかったのだけれど……。」
二人だけの…。
雪麗は胸の内で、その言葉を何度も反芻した。
馬車の中で渡されたあの時の春燕の笑顔。
あの瞬間の温もり。
今でも一字一句大切に覚えている。
「お嬢様がお決めになったことなら、この雪麗、
反対などいたしません。」
穏やかに答えながら、春燕への
愛おしさをかみしめる。
「豆豆を大切にされたいのですね。」
「うん。」春燕は、はにかみながら答える。
その可愛さに、雪麗の胸はまたきゅっと締めつけられた。
すると、ちょうど足元に豆豆が現れた。ちょこんと座って、春燕を見上げている。
春燕が抱きあげると、嬉しそうに小さな鳴き声をあげて胸にすり寄った。
雪麗はその光景に目を細め、そっと豆豆の
頬を撫でながら言った。
「豆豆。なんて羨ましい子……。
私のお嬢様にこれほどまでに愛されて。」
春燕は恥ずかしそうに笑う。
その隣で、雪麗の表情がふっとやわらぐ。
普段は決して見せない笑顔――けれど春燕の前では、
自然に浮かぶ。
穏やかに、ただただ美しく微笑む雪麗。
その瞬間、庭で剪定をしていた使用人が、
偶然その笑みを目にして手を滑らせた。
「うわっ!」
ガタリと音を立てて、ハシゴから落ちそうに
なっている。
「……今の、見たか?」
「見た……。あの雪麗が笑ってる……!」
使用人たちは目を見張り、その美しさに
言葉を失った。
けれど、春燕と雪麗はそんなことに気づかず、
豆豆を挟んで穏やかに微笑み合っていた。
二人と一匹の小さな世界は、静かで温かく、
眩しいほどに美しかった。
次回の更新は【明日21時頃】です。
春燕と凌偉、それぞれの心の距離が少しずつ
近づいていく時間を、
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