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水月鏡花―中華恋愛譚・静かに灯る初恋―  作者: 麻倉ロゼ
第一章「氷心、春に融く」

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間の話 5

 琳家本邸には、奴婢ぬひ(奴隷)を含めて

およそ四百人もの使用人が働いている。


広い屋敷を支える人々は、「本邸番」「帳場番」

「厨房番(本邸・承光楼)」「庭番」「うまや番」

「運送番」「倉庫番」「護衛番」に分かれ、

それぞれをまとめる“番頭”がいる。


今日は月に一度の定例会議の日だった。

本邸の会議場に、各番の番頭たちがずらりと並ぶ。

正面には凌偉りょうい恭信きょうしん、そしてきょう

琳家を動かす中心の三人が座り、順に報告を

受けていく——はずだった。


しかし、その日の議題はなぜか一つに集中していた。


「最近、春燕しゅんえん様の姿が見えないのは

 帳場にいるせいか!」

庭番頭の沈青栄しんせいえいが声を上げる。


「左様。午前中は我が帳場がお迎えしておりますよ。」

帳場番頭の呉文禄ごぶんろくが、お茶をすすりながら

落ち着いた口調で言う。


「春燕様が帳場に来られるようになり、倉庫でも

 お見かけするようになりました。倉庫番達も

 お会いできるのを楽しみにしております。」

倉庫番頭の李守信りしゅうしんが微笑んで話す。


「明日は本邸の厨房で芝麻球ジーマーチウ(ゴマ団子)を

 教える約束をしているからな!

 明日の春燕様は厨房が独り占めだ!」

厨房番の張徳安ちょうとくあんが胸を張る。


「明後日はうまやに来られる…。この前生まれた

 仔馬を見たいと楽しみにされていた…。」

うまや番頭の許麟道きょりんどうが穏やかに呟く。


「みんないいなぁ。運送番はあまりお顔も見れずだ。

この前、見送っていただけた時は嬉しかったな。」

運送番頭の馬忠旺ばちゅうおう

名残惜しそうに言い、他の番頭たちも頷く。


「我々が見回りの際にも必ず声をかけていただいて

 おります。皆、巡回を楽しみにしております。」

護衛番頭の韓岳平かんがくへいが淡々と報告する。


「本邸ではどうですかな?」

呉文禄ごぶんろくが本邸番頭の程臥遠ていがえんに話を振る。

「本邸では皆と仲良く家事仕事をされております。

 昨日はお疲れでしょう、と私の肩を

 揉んでいただきました。」

その言葉に、会議室の空気が一気に沸き立つ。


「いいなぁ!」「羨ましい!」

番頭たちは口々に春燕との関わりを自慢をし合い、

笑い声が絶えない。


恭信と嬌は顔を見合わせて「やれやれ」と

肩をすくめた。嬉しそうでもあり、少し呆れてもいる。


しかし、凌偉だけは苛立っていた。

報告が一向に進まない。


本来ならとっくに各持ち場の報告が

終わっている時間だ。

胸の奥で、苛立ちと焦りが入り混じる。


(このままあの娘が使用人たちと近すぎると、

 琳家の統率が乱れるかもしれない…)


そして、ふと口をついて出た。

「それならいっそ……屋敷の仕事から

 手を引かせて——。」


——その瞬間。


「ええっ!!?!?!」

全員の声が一斉に上がった。


あまりの迫力に、凌偉は思わず身を引く。

「凌偉様、それはいけませんぜ!」

「もっと一緒にいたいぐらいなのに!」

「頼みますよ!凌偉様!」

会議場は一気にざわめき、誰もが口々に反対を訴える。


凌偉は目を伏せ、静かに息を吐いた。

(使用人の意見を聞くのも、当主の務めか……)


会議が終わり、使用人たちが去った後。

静まり返った室内で、凌偉は一人、

机に肘をついてため息をついた。


(やはり——あの娘が屋敷に来てから、

 何かが変わってきている)

微かな疲労と、名付けようのないざわめきだけが、

凌偉の胸の奥に残っていた。

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