第八話「帳場 前編」2
第八話「帳場 前編」は4分割で更新していきます。これは3つ目です。
その動揺は、朝食の席まで続いた。
「今日は帳場に連れていきます。」
凌偉が食事をとりながら淡々とそう告げた瞬間——。
叔父の恭信は口に含んでいた汁を盛大に
吹き出し、叔母の嬌は喉に詰まらせて咳き込み、
手に持っていた皿を床に落とした。
「な、なんですってぇ……!?」
「帳場に……春燕を……?」
その場の空気が一気に凍りつく。
春燕の背筋に冷たいものが走った。
胸の奥で「やっぱり断った方が良かったのでは……」という不安が、じわじわと膨らんでいった。
市が開かれる刻限。
琳家の正面門が開かれると同時に、
荷車や商人がひしめき合い、取引の声が響く。
その中心――琳家の心臓部である承光楼の
二階広間に春燕は足を踏み入れた。
広間は圧巻だった。
半分は記録場、半分は帳簿の保管庫。
記録場の四方に設けられた棚には、
竹巻や書物が規則正しく並んでいる。
六つの長机の前では、選び抜かれた使用人達が
慌ただしく筆を走らせ、帳簿を写し、
目録を整えていた。
その空間に凌偉と春燕が現れると、
空気が一瞬止まった。
「凌偉様が……春燕様を……帳場に……?」
帳場の使用人達は驚きを隠しきれない。
琳家の“聖域”に凌偉自ら春燕を連れて来たのだから、
誰もが目を疑った。
「これは収穫ごとの貸付をまとめた帳簿だ。」
凌偉が淡々と説明を始める。
「凌偉様、自ら……説明してる……?」
使用人達にざわめきが広がる。
春燕は頷きながら覗き込み、すぐに口を開いた。
「……この束は赤い紐で綴じてありますね。
――こちらは青……色ごとに分けて
区別してあるのですね。」
「!」
使用人たちが息を呑む。
凌偉が続ける。
「赤は穀物の貸付、青は金銭の貸付だ。」
「なるほど……だから、同じ貸付でも
すぐに取り出せるんですね。」
春燕が自然に理解すると、周囲の目が一斉に
彼女へ向いた。
「す、すごい……。」
「あんなに早く理解されるとは……。」
「あの目録を全部暗記したって噂、
本当だったんだ……。」
ざわ……と空気が揺れる。
「次はこれだ。」
凌偉が別の棚から竹簡の束を取り出す。
紐は黄色でまとめられていた。
「これは?」と春燕が首をかしげる。
「運搬の記録だ。どの隊商に何を積ませ、
どの街まで何日かけて運んだかを残している。
楊家と共同で護衛を雇った場合も、
ここに全て記す。」
春燕は目を走らせ、指でなぞりながら
「……“運搬十七日、麦二百石、費用銀二百八十”」と
声に出して読んだ。
「運搬費だけではなく、護衛代も含んでいるのですね。」
「そうだ。街ごとに徴収される関銭も記録している。」
使用人たちは、思わず筆を止めて見入った。
――普通なら数字と文字の羅列に目を
回すはずなのに、春燕様は苦もなく読み取り、
すぐに要点を掴んでいる。
次回の更新は【明日21時頃】です。
春燕と凌偉、それぞれの心の距離が少しずつ
近づいていく時間を、
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