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水月鏡花―中華恋愛譚・静かに灯る初恋―  作者: 麻倉ロゼ
第一章「氷心、春に融く」

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第七話「星空」2

第七話「星空」は3分割で更新していきます。これは2つ目です。

 翌日の帳場も、凌偉りょういにとっては慌ただしい一日だった。

朝から運搬隊の報告が相次ぎ、北の倉庫では

荷が一部破損しているとの知らせも届いた。


細かな数字を確認し、使者に指示を出し、印を押す。

その繰り返し。日が沈む頃には、机の上に積まれた

竹簡の山がようやく半分ほどになっていた。


墨の匂いと、ともしびの明かりの揺らめき。

静まり返った帳場に、筆先のかすかな音だけが響く。


だが、筆を置いた瞬間、ふと心のどこかに

――昨日の夜の光景が浮かんだ。


池にかかる橋の上、欄干らんかんにもたれて夜空を

見上げる春燕しゅんえんの姿。

月明かりの中、星を指さす細い指先。肩に触れた、

あのぬくもり。


なんでもない出来事のはずなのに、

心に残って離れない。


 ――今日も、あの橋にいるだろうか。


寄る必要などない。けれど、気づけば足は

自然と庭園の方へ向かっていた。

池にかかる橋の中央。そこに立つ春燕の姿を

見つけた瞬間、凌偉の表情がほんの少し緩む。


「また見てるのか?」

声をかけると、春燕は驚いたように振り返り、

ぱっと微笑んで近づいてきた。


「凌偉様! 今日も遅くまでお仕事を?」


「帳場で調べものをしていた。もうすぐ水田の

 準備と、夏作なつさく播種はしゅ(作物の種をまくこと)が始まるからな。」


「……どうして農耕の時期がわかるのですか?」

春燕が不思議そうに首をかしげる。


凌偉は少しだけ夜空を仰ぎ、静かに答えた。


「『参没さんぼつたがやす』『火正南ひまさにみなみ可以種黍もってきびをううべし

 ――星を見ればわかる。

 参宿さんしゅく(オリオンの三つ星)が沈めば田を耕し、

 火星が南にあればきびく。」


春燕の瞳が大きく見開かれる。


「星で農業の時期がわかるなんて! 

 本当に面白いです。凌偉様は星にも

 お詳しいのですね!」


「農作物は琳家でも稼ぎ頭だからな。

 商いに関わることは幼い頃から学んでいる」


凌偉は夜空を仰ぐ。

黒絹を敷いたような天の川の向こう、

微かに霞む星々が、まるで時を告げる灯のように

またたいている。


「農耕の時は、天の巡りに従う。

 星は人より正確だからな。参宿さんしゅくが沈めば耕し、

 すばるが昇れば苗を植える。ひしゃくの柄が南を指せば、

 田に水を引けという合図だ。」


「たくさんの星が、農の目安になっているだなんてて…。」

春燕は息を呑み、橋の上から空を仰ぐ。


夜空には、まだ春の星が名残を見せていた。

東の低い空には昴宿ぼうしゅくがぼんやりと浮かび、

北には斗宿としゅくの星がゆっくりと回っている。


「……なんて、理にかなっているのでしょう。」

 春燕は感嘆の声を漏らす。


「星が動き、風が吹き、そして田が息づく……。

自然と人が、ちゃんと繋がっているのですね。」


凌偉は、静かにその言葉に目を向けた。

「……胡家の山からなら星はよく見えただろう?」


「ええ。山の夜は風が冷たくて、よく雪麗せつれい

 焚き火を囲みながら見上げました。

 冬の星はとても澄んでいて……。


 でも、星で時を測るなんて考えたことも

 ありませんでした。」


「星は暦そのものだ。夜空を読むのは、

 国を治める者も、田を耕す者も同じだ。

 人が生きるとは、天を読むことでもある。」

その声には、どこか静かな敬意があった。


「なるほど……。目録にも米や麦、大麦、きびや豆など、

 たくさんの農作物が並んでいましたが……。

 琳家は昔から取引を?」


凌偉は思い出すように目を細める。

そういえば、この娘は琳家の取引目録を

一度読んだだけで全て覚えていたのだった。

次回の更新は【明日22時頃】です。

春燕と凌偉、それぞれの心の距離が少しずつ

近づいていく時間を、

皆さまにも見守っていただけたら嬉しいです。


「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、

ブックマークや応援をしてもらえると励みになります。

感想もとても嬉しいです。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます!

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