間の話 4
「ふわぁ……。」
昼下がりの本邸の庭。紅花は竹箒を握ったまま、
大きな欠伸をした。
陽射しはやわらかく、庭の石畳にきらきらと
反射している。
「なあに? 紅紅小虎は寝不足なの?」
夕月がからかうように声をかける。
「紅紅小虎?」
隣で花に水をやっていた春燕が顔を上げた。
雪麗も気になったように目を向ける。
「私の子供の時の呼び名です。」
紅花は気恥ずかしそうに頬をかいた。
「紅花は小さい時、暴れん坊で凶暴だったから、屋敷の使用人達からそう呼ばれていたんです。」
夕月は楽しそうに、紅花の腕に自分の腕を
絡ませながら続ける。
「小さい頃の紅花は、暴れる、噛む、泣き出すと、
とにかく声が大きくて! 紅花が泣き出すと、
どこにいても聞こえてきて!
屋敷のみんなが泣き止ませるために、紅花の口に
お菓子を入れるんです!」
「まあ……!」
春燕はその光景を思い浮かべた。
小さな紅花が大泣きしながら、お菓子を無理やり
口に入れられ、もぐもぐと舐める様子。
「ふふっ」
春燕は思わず吹き出し、口元を手でおさえた。
「まぁ……騒がしいガキだったのは認めます。」
紅花は照れ隠しのように肩をすくめる。
春燕と雪麗にとって紅花は、頼りがいがあって
仕事も早い、姉のような存在。
そんな彼女にも、あどけない過去が
あったのだと思うと、胸のあたりが温かくなる。
夕月は庭の腰掛けに座り、袖から小さな包みを
取り出した。
「春燕様も、雪麗もどうぞ!」
包みの中には、光沢のある黄金色の飴が入っていた。
「美味しい!」
春燕は目を細め、頬をゆるませる。
「紅花も! 一緒に食べよ!」
夕月は隣に座るように手招きした。
四人は長椅子に並んで腰を下ろした。
夕月と紅花が両端、真ん中に春燕と雪麗。
肩が触れそうなほどの、自然な近さ。
紅花は飴を指先で転がす。
黄金色に光を返すその姿に、ふと記憶が重なった。
――紅紅小虎。懐かしい。
琳家に引き取られて間もない頃。
屋敷の隅で、一人で泣いていた自分。
「どうしたの?」
同い年くらいの女の子が近づいてきた。
紅花は返事をせず、鼻をすすりながら睨みつけた。
「私、夕月! あなた紅花でしょう?」
無邪気な笑顔。
警戒心をやすやすと越えてくる距離感。
夕月は新しい奴婢(奴隷)が来ると聞いて、
気になっていたのだ。
「紅花はもうずっとこのお屋敷から出られないの?」
夕月は素直に訊いた。
「お父さんとお母さんにも会えないの?」
「……知らない。私を売った奴なんかもう
会いたくない。」紅花は言い捨てるように言った。
それでも夕月は屈しない。
「私、毎日お屋敷に手伝いに来るよ。
だから毎日おしゃべりしようよ。」
「ヤダ。」
「えぇ〜! なんでぇ〜!」
「あんたみたいなフニャフニャした奴、ヤダ。」
「フニャフニャしてないもん〜!」
夕月は隣にちょこんと座り、袖から小さな飴を
取り出した。
「紅花も! 一緒に食べよ!」
――夕月は返事も待たず、口に飴を押し込んだ。
「ふふ。美味しい〜。」
夕月は笑って飴を転がした。
……その日。
紅花にとって、生まれて初めて「友達」ができた。
その日以来、ずっと一緒にいてくれる。
叱ったり、笑ったり、並んで働いたり。
紅花は飴を光にかざす。
黄金色は、あの日と同じ。
横目で夕月を見る。
今も変わらず、飴を舐めながら幸せそうに
笑っている。
本当に、昔からずっと変わらない。
昨日、雪麗に言った。
“屋敷の皆が育ててくれた”と。
けれど。
一番育ててくれたのは――夕月だ。
紅花はそっと飴を口に含んだ。
その味は、初めて友達ができた日の、味だった。




