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水月鏡花―中華恋愛譚・静かに灯る初恋―  作者: 麻倉ロゼ
第一章「氷心、春に融く」

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第六話「隠し事」5

第六話「隠し事」は5分割で更新していきます。これは5つ目です。

 その日の夜更け。


かすかな物音に、雪麗せつれいははっと目を覚ました。

寝台の上でそっと身を起こし、耳を澄ます。

外は静まり返っている。

虫の声も、風の音もない。


暗闇の中、寝所のはりを見上げ、ようやく息を吐いた。


「雪麗。」隣から、紅花こうかの声がした。


「すみません。起こしてしまいましたか?」

雪麗は声を抑えて謝る。


「…あのさ。」紅花は寝返りを打ち、

少し間を置いてから、意を決したように口を開いた。

「毎日、何を警戒してる訳?」


その一言に、雪麗の肩がびくっと震える。


「怪しいやつなら入って来ないから。

 安心して寝なよ。」

「……。」雪麗は言葉を失う。


「この屋敷は護衛が常に見回りしてるから。」

紅花は欠伸あくびを噛み殺しながら上体を起こし、

雪麗の方に向き直った。


「もし屋敷の人間に寝込みを襲われるって

 思ってんなら、それこそ安心して。

 そんな奴いたら、きょう様にぶっ飛ばされるから。」

「……そう…ですか。」

紅花の声色から、それが冗談ではないと分かる。


雪麗は小さく息を吐いた。


紅花はそんな雪麗をじっと見つめる。


雪麗は目を逸らし、うつむいた。

気まずい沈黙が二人の間に流れる。


「…私さ。」

紅花がぽつりと呟いた。


「言うの忘れてたけど、

 この屋敷の奴婢ぬひ(奴隷)なんだよね。」


その言葉に、雪麗の瞳が大きく揺れる。


奴婢ぬひ——屋敷の使用人の中でも、

最も下の身分にある者。屋敷と主に所有され、ほとんどの奴婢ぬひには自由はなく、一生を働いて過ごす。


紅花が…?


「八つの時、親の借金の肩代わりに売られたの。」


「……。」雪麗は息を呑む。


りん家に来る前、別の屋敷に売られたんだけど、

 奴婢ぬひ(奴隷)ってだけで酷い扱いでさ。」


「この屋敷に来たばっかの頃も、とにかく怖かった。

 屋敷の人間はみんな敵だって思ってた。」

紅花は遠くを見るように言葉を継ぐ。


「皆、私のことなんて使い捨ての、

 いつ死んでもいい小娘だって。

 癇癪かんしゃく持ちで泣くと声がデカくて、

 好き嫌いが激しいくせに、めちゃくちゃ食べる

 小娘だと思ってるんだって。」


それは…少し言い過ぎなのでは?と、

雪麗は内心ひやひやした。


紅花はふっと笑う。


「でもね、そんな私を、屋敷の皆が育ててくれた。

 確かに色んな人がいるけど、皆いい人達だよ。

 だから雪麗。屋敷の皆を怖がらないで。」


「……。」雪麗は声が出なかった。


愁飛にも言われた。

“ここには傷つける人はいない”と。


「ただの人見知りなのか、何が雪麗を

 そうさせるのか、私は知らない。

 無理に聞かない。でもー。」

紅花は雪麗を静かに見つめる。


「なんとなく雪麗の気持ちはわかる。

 話したくなったら話してくれればいい。

 でも安心してほしい。この屋敷は大丈夫だって。

 私が保証する。」


紅花はそう言うと、「寝るよ」と呟き、

布団をかぶって目を閉じた。

寝息が静かに響き始める。

雪麗も促されるように横たわる。


——紅花は、私の中にある“何か”を感じ取っている。

気づいていながら、あえて何も聞かないで

いてくれている。


愁飛にも紅花にも…

差し伸べられたその優しさに、胸の奥が

じんわりと温かくなる。


なのに、どうしてだろう。


その温もりをまっすぐ受け取れない自分がいる。

涙の代わりに、息が詰まるような苦しさが

胸を締めつけた。それでも、雪麗は目を閉じた。

紅花の寝息に耳を傾けながら、

この屋敷に流れる静かな夜を、そっと

抱きしめるように。

次回の更新は、本編は【明日19時】です。

間の話は【不定期更新】しています。

春燕と凌偉、それぞれの心の距離が少しずつ

近づいていく時間を、

皆さまにも見守っていただけたら嬉しいです。


「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、

ブックマークや応援をしてもらえると励みになります。

感想もとても嬉しいです。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます!

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