第四話「贈り物と意地悪 前編」5
第四話「贈り物と意地悪 前編」は5分割で更新していきます。これは5つ目です。
沈黙の中で、凌偉は目の前の少女を
見つめていた。
自分よりもずっと小柄で華奢な身体。
それなのに、彼女の言葉にはどこか
揺るがない強さが宿っている。
今まで何百人もの娘が現れた。
取引相手の親族、街の娘、遠方からは
手紙まで山のように届いた。
表向きは「琳家のため」と言いながら、
結局は家のため、親のため、
そして何よりも自分自身のため――。
誰もが琳家との縁で得られる利益を狙い、
私こそが相応しいと、根拠のない自信を
まとって迫ってきた。
凌偉は自分の価値を知っている。
代々続く大豪商の跡取り。
並ぶもののない規模の商い。莫大な財産。
そして容姿すら、相手を惹きつける理由の
ひとつだった。だが、向けられるのは一方的な
思惑と好意ばかりで、ただ煩わしいだけの日々。
なのに、この目の前の少女は――。
「……貴方は、望みはないのか?」
気づけば凌偉は、純粋にそう問いかけていた。
春燕は一瞬きょとんとした後、
柔らかく首を振った。
「何かを望むなんて、私には必要ありません。
今、お屋敷の皆さまのお役に立てるだけで、
私は十分です。」
その声には嘘も誇張もなく、ただ静かな
真実だけがあった。彼女は目を閉じ、
まるで祈るように言葉を重ねる。
「私はただ……望まず、願わず、
ただお役に立つことだけ。それだけです。」
凌偉の胸が詰まった。
こんなに小さな身体のどこに、これほどの
意思が宿っているのだろう。
「……オレが婚約を断ったら、貴方はどうする?」
興味に突き動かされ、思わず口にする。
春燕は少し不思議そうな顔をして、
ふわりと微笑んだ。
「私は……もといた場所に戻るだけです。」
その笑顔はあまりにも自然で、
風に揺れる髪と髪飾りが光に踊った。
「午後の仕事がありますので、戻りますね。」
そう言ってくるりと向きを変える。
袖が風を受けてふわりとひるがえり、
彼女の背が離れていく――。
気づけば凌偉の手が動いていた。
ぎゅっ。
「……凌偉様?」
上着の袖口を掴まれて足を止めた
春燕が振り返る。
自分でも理由が分からない。
ただ無意識に、離れてほしくなかった。
「……! すまない。その……。
半年過ごしてから決めるって、
そう言っただろ?
来たばかりだし……だから、それまでは
ここにいればいい。」
言い訳のように、慌てた言葉が次々と
口からこぼれ落ちる。
春燕は少し驚いたように瞬きをし、
すぐに優しく笑った。
「わかりました。
お役に立てるよう、頑張ります。」
ペコリと頭を下げ、そっと袖を抜いていく。
そのまま軽やかに歩き出し、
庭園の奥へと戻っていった。
「……なんなんだ、あの娘は。」
取り残された凌偉は呆然と呟く。
胸に残る感覚が何なのか、自分でも分からなかった。
離れた場所から一部始終を見ていた愁飛が、
ニヤリと笑った。
「あーあ……これは大変だな。」
楽しげに腕を組み、隣に立つ雪麗へ声をかける。
「きみのご主人、本当に面白い子だよな。
なぁ、雪麗?」
雪麗は眉一つ動かさず、澄ました声で答える。
「お嬢様は、面白い方ではありません。」
「おやおや。」
ますます愁飛は機嫌よく笑みを深める。
「雪麗は? 何か困ったこととかない?
聞きたいこととか。」
「いえ、特には。
私も仕事がありますので失礼します。」
短く切り捨てると、迷いなく春燕の後を
追って歩き出した。
その背を見送りながら、愁飛は肩をすくめて笑う。
「こっちとも仲良くなるのは、大変そうだな。」
庭園には、まだ春の風が心地よく吹いていた。




