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水月鏡花―中華恋愛譚・静かに灯る初恋―  作者: 麻倉ロゼ
第一章「氷心、春に融く」

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第四話「贈り物と意地悪 前編」4

第四話「贈り物と意地悪 前編」は5分割で更新していきます。これは4つ目です。

 庭園の東屋に吹く風が、

春燕しゅんえんの髪をふわりと揺らした。

彼女は俯きかけた顔を上げ、静かに口を開く。


「それでしたら、私では役不足です。

 琳家には、きっともっと相応しい方が

 いらっしゃるはずです。

 どうか他の方をお選びください。」


その声は驚くほど穏やかで、

まるで人を責めるのではなく、

ただ自分を退こうとする柔らかさを帯びていた。


「……は?」


凌偉りょういは思わず言葉を失った。

胸の奥に鋭い違和感が走る。

予想していなかった返答だった。


春燕は困ったように微笑もうとして、

すぐに消え入りそうな表情を浮かべる。


胡家こけは、昔は商いで名を馳せていた

 こともありました。でも母が亡くなってからは

 傾く一方で……。

 今は琳家とは到底釣り合いません。


 なぜ私が選ばれたのかも分からないのです。

 私には、琳家に見合うだけの価値がありません。」


凌偉の眉がわずかに動く。


「それなら逆に……俺と婚姻すれば、

 少なくとも貴方にとっては利益になるはずだろう?


 実家の商いだって琳家が援助できる。

 ここで暮らせば何一つ不足のない生活ができるんだ。

 貴方が断る理由なんて、ないじゃないか。」

理解できない、と戸惑いを隠せない声音だった。


春燕は一歩引くようにして首を振る。


「婚約の件は、家同士のこと……

 親同士が決めることで、

 私が決められることではありません。」


「親に言われて来たのなら、

 なぜ胡家の役に立とうとしない?」

 凌偉の問いは鋭く、しかし苛立ちというよりも

 混乱に満ちていた。


春燕は胸の前でぎゅっと両手を握りしめる。


「家の役には立ちたいです。

 ですが……私には琳家にも、凌偉様にも

 釣り合う価値がありません。」


小さく息を呑んだ後、彼女は意を決したように

顔を上げた。


「その……私は、凌偉様のことを、

 遠くで商いをしている方としか

 聞かされておりませんでした。


 ご両親を亡くされたと聞いて……てっきり

 人手が、働き手が足りないのだと思っていたんです。

 だから、働くことでお役に立てると……

 そう思ってここに来ました。」


少し伏せていた目が、勇気を振り絞るように

凌偉を捉える。


「でも、実際は違いました。凌偉様の周りには、

 凌偉様を支えてくれる立派なお屋敷の方が

 沢山いらっしゃって……。


 私では、大した役には立てません。


 婚約者の候補として呼ばれたのだとしたら、

 私では不釣り合いです。」


庭園を見渡しながら、彼女の声は少し震えていた。


「私は……これほど立派な商家を

 見たことがありません。

 働く方々が皆、誇りを持って琳家と

 凌偉様を支えていて……本当に素晴らしい家です。


 だから、どうか――“誰でもいい”なんて

 言わないでください。

 どうか、心から相応しいと思える方を、

 お選びください。」


その最後の言葉に、春燕は真っ直ぐに

凌偉を見つめた。


揺るぎない瞳に射抜かれ、凌偉は言葉を失った。


喉元まで出かかっていた反論は、

音にならないまま消えていった。

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