第一話「始まり」2
どれほど進んだだろうか。馬車の揺れは次第に
穏やかになり、窓の外には青みがかった丘の
稜線が見える。
乾いた風の中に、どこか懐かしい花の香りが混じる。
そのとき、向かいに座る雪麗が
そっと膝の上の包みに手をやった。
「お嬢様、これを……」
差し出されたのは、小さな木製のかんざし。
梅の花の控えめな彫刻が施され、
派手さはないけれど温かみのある佇まいだった。
「まあ、可愛い。これは……どうしたの?」
「婚約のお祝いに。街で少しずつ貯めたお金で……。」
雪麗の顔が申し訳なさで小さく歪む。
春燕はその様子に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
母を失ってからずっと、二人で支え合って
生きてきた日々。
お互いがいなければ、きっとここまで
来られなかった。
「雪麗、ありがとう。ずっと、ずっと大切にする。
あなたと一緒なら、どこにだって行けるわ。」
春燕は思い出したように袖の中を探り、細い紐で
束ねられた二本の赤い髪飾りを取り出した。
「お母様の服で作ったものだけど…。」
それは春燕の母が生前に愛用していた
衣の端切れだった。
「これ……お揃いなのですか?」
「ええ。私と雪麗、二人のために。」
馬車の中に、やさしい沈黙が流れた。
春燕は身を乗り出し、雪麗の傍に座る。
雪麗の髪は艶やかで、指を通すと絹のように
滑らかだった。春燕はその髪を手に取り、
ひと束にまとめる。
「少し動かないでね。」
「はい……。」春燕は慎重に、赤い髪飾りを結ぶ。
鮮やかに映える紅。まるで朝明けの空に
浮かぶ一輪の花のようだ。
「……似合うわ、雪麗。」
二人でお揃いに結び、馬車の中に優しい
沈黙が流れた。揺れる赤い飾りが、
二人の肩越しに風に揺れる。
春燕の胸に、静かで確かな幸福感が広がった。




