第三話「琳家」4
第三話「琳家」は少し長くて7分割で更新していきます。これは4つ目です。
凌偉に案内され、春燕がたどり着いたのは琳家の家族が食事をする大広間だった。
すでに長テーブルを囲み、凌偉の叔父・恭信と
叔母・嬌が、二人の到着を今か今かと待っているようだった。
「こちらが叔父上の恭信殿、そして叔母上の嬌殿だ。」
凌偉が丁寧に紹介する。
「春燕!いやぁ、会いたかった!昨日は出迎えられず、すまなかったなぁ。
ちょうど商談で外に出ていたもので!」
満面の笑みで春燕の手を取り、温かく握る恭信。
堂々とした威厳と、柔らかい優しさを
兼ね備えたその姿に、春燕は自然と心が落ち着く。
「遠い所をよく来てくれましたね。長旅で疲れてはいませんか?」
続いて叔母の嬌も声をかける。
凛とした立ち姿、鋭い目つきからは強い意志が
感じられるが、口調には優しさが含まれていた。
「胡家から参りました、春燕と申します。
準備していただいたお部屋も寝具も大変立派で…。
しっかり休むことができました。」
春燕は深く頭を下げ、感謝を言葉に乗せた。
「慣れるまで不便はあるだろうが、
自分の家だと思って過ごしてほしい。」
恭信の言葉に、春燕は少し戸惑いながらも答える。
「自分の家…わかりました。」
恭信の言葉の本意は、
自分の家のように安心して過ごしてほしいと
いうことだったが、
春燕は長く使用人のように扱われてきた経験から、
「これまでどおり使用人のように自然に過ごしていい」という意味だと受け取った。
「さあ、食べようか。春燕も座りなさい。」
恭信に促され、春燕は少し緊張しながら席につく。
「は…はい。」
両手を膝に揃え待機する春燕。
「春燕、食べないのですか?
まさか好き嫌いがあるのですか!?」
一向に動かない春燕に、叔母の嬌が我慢できない!とばかりに
眉間に皺を寄せ、迫力ある声で問いかける。
「いえっ!なんでも食べられます!」
嬌の勢いに、春燕は思わず姿勢を正して答えた。
「それなら遠慮なく食べなさい!
朝からしっかり食べておかないと、一日保ちませんわよ!魚は?牛肉は?野菜はいかが!?」
春燕の目の前に次々とおかずが並べられ、
香ばしい香りがふわりと部屋に広がった。
膳の中央には、白く湯気を立てる粟の粥が据えられている。
米よりも淡く香り、ほんのりとした甘みを持つ穀粥だ。
粥の表面には刻んだ葱と胡麻が散らされ、
香りづけに少しの生姜汁が垂らされている。
その隣には、鱸の蒸し物。
塩と酒で下味をつけ、葱と陳皮(みかんの皮を乾燥させたもの)をのせて蒸し上げたものだ。
白身はほろりと崩れ、皿から立つ湯気に
柑橘の香りが混じる。
さらに、牛肉の羹(スープ)。
細かく刻んだ肉を、豆の汁と葱で煮込んだ温かい汁物で、香草がふわりと香る。脂の重たさはなく、滋味が体に染み渡るようだった。
別の器には、青菜と豆鼓(大豆または黒豆に塩を加えて発酵さた調味料)の炒め煮が盛られている。艶やかに光る緑が膳の上に映え、豆の香ばしさとほのかな塩気が食欲を誘う。
小皿には、梅の漬け物と酢漬けの瓜。
素朴ながら、舌を引き締める酸味が
粥の柔らかさを引き立てた。
端の籠には、温かい麦餅が二つ。
胡麻をまぶして焼かれ、手で割ると中から
湯気がふんわりと立ち上った。
「はっ、はい! いただきます!」
春燕は慌てて頷き、とりあえず目の前に置かれた粟粥を一口すくう。
「……美味しい……!」
口に入れた瞬間、穀物のやさしい香りと出汁の旨みが広がった。
柔らかく温かい粥が、朝の冷えた体をじんわりと温めていく。
春燕の目はキラキラと輝き、喜びが溢れていた。
昨夜から続く緊張でこわばっていた体が、
すっと解けていくような気がした。
嬌はその様子に安堵の笑みを浮かべ、
湯飲みを手に取りながら言った。
「うちの料理は絶品ですよ。作っているのは本邸の厨房の者たちです。」
「昨日の夕餉も、とても美味しかったです。」
春燕が微笑むと、隣の恭信が満足げに頷いた。
「そうか、そうか。それは良かった。琳家の粟は東の田からのものだ。
水が良くて、味も格別だ。」
恭信の声は穏やかで、朝の日差しとともに、ゆったりとした温かさを帯びていた。
「凌偉、食事のあと屋敷を案内してあげなさい。」
恭信は美味しそうに食べる春燕を優しく見つめ、凌偉に告げた。
「はい。」
凌偉はそれだけ答え、淡々と箸を動かす。
視線はひたすら自分の前の皿に向けられ、
春燕とは一度も目を合わせなかった。




