第三話「逢引」6
第3話「逢引」は6分割で更新していきます。これは6つ目です。
日が長くなり、夕暮れでもまだ明るい。
四人を乗せた馬車は、ゆっくりと琳家の大門へと戻ってきた。
春燕は、腕にたくさんの生薬を抱えて、嬉しそうに歩く。
凌偉たちが持つのを手伝うと言っても、
春燕は、やんわりと首を振って断った。
――自分で持ちたいのだ。
その仕草があまりにも愛おしくて、
凌偉、雪麗、愁飛の胸に、じんわりと温かいものが広がる。
先を歩く凌偉と春燕を眺めながら、
愁飛は隣の雪麗に声をかけた。
「雪麗も、楽しかった?」
「はい。お嬢様が楽しそうで、良かったです。」
雪麗は、春燕の背を優しい眼差しで見つめる。
「そうか。」
愁飛も、その視線につられるように、穏やかに笑った。
少し歩いたあと、雪麗がふと口を開く。
「あの……楊家の門下生には、女性もいるのですか?」
「いるよー!数は少ないけどね。
雪麗、武術に興味があるの?」
「はい……。
もし可能なら……稽古を見せていただきたいです。」
「いいよ!楊家の稽古場は、琳家本邸の隣にあるから、
今度見に来なよ!雪麗なら大歓迎!
オレが直々に指導してあげよう。」
愁飛は、得意げに胸を張る。
「それは、お断りします。」
雪麗は、スン……と澄まし顔で即答した。
「えー!」
愁飛の不満そうな声が、
夕暮れの空に、妙に軽やかに響いた。
「凌偉様。今日は、ありがとうございました。」
横を歩く凌偉に向かって、春燕は、そっと言った。
生薬に頬を寄せるようにして、微笑む。
「あんなにたくさんの生薬を見たのは、初めてです。」
まるで夢の中の出来事のようだと、目を細める。
「楽しかったか?」
凌偉の声は、いつもより柔らかかった。
「はい!」
即答に迷いがなく、凌偉の頬も、自然と緩む。
「茶房は、どうだった?」
「美味しかったです!
お店も、素敵でした。」
夕方の光に照らされた笑顔は、とても柔らかい。
「薬局も茶房も、気に入ったのなら、また行けばいい。」
穏やかな声だった。
春燕は一瞬、驚く。
けれどすぐに――これは社交辞令だろう、と胸の奥で飲み込んだ。
自分などに、気を使ってくれているだけだと……。
そう思おうとした、その時。
「薬も、作りたい時に作ればいい。
ただし、条件がある。」
凌偉は立ち止まり、春燕を見た。
「条件?」
戸惑った声とともに、春燕の足も止まる。
「洗い場以外にも、屋敷の使用人たちが使えるように、たくさん作ってほしい。
かかる費用は、すべてオレが出す。
琳家の必要経費だからな。」
一拍、置いて。
「それなら、好きなだけ作れるだろう?
なくなったら、また一緒に買いに行こう。」
春燕の腕に抱えた生薬は、
実のところ、控えめな量だった。
――私に許されたのは、このくらいだと思っていた。
けれど、違った。
すぐに足りなくなるように。
また一緒に店へ行く理由ができるように。
それは、ささやかで、静かな優しさだった。
(この方は……すべて、本心から話されている……。)
(外に出ることも、薬局や茶房に行くことも、薬作りも……
私に、本当に許可している……!)
「わっ……私……私は……。」
言葉より先に感情がこみ上げ、
声が震えてしまう。
凌偉は、そんな春燕を、
迷いなく、まっすぐに見つめ返していた。
「春燕。琳家に来たばかりの時にも言ったが、
ここでは、好きに過ごしてほしい。」
「自分のやりたいことを、してくれればいい。」
春燕は、凌偉を見つめ返す。
その瞳は、震えていた。
「でも……本当に……
本当によろしいのですか?」
声はかすれ、今にも崩れてしまいそうだった。
胡家では、許されなかった。
自分の望みを持つことさえ、許されなかった。
特に、薬学は。
――“あいつと同じことをするな”、と。
凌偉は、その揺れを、まっすぐに受け止める。
春燕。
俺の言葉で、貴方が、貴方らしくなれるのなら――。
「構わない。
貴方が望むのなら。」
――貴方の心のままに、望むことを。
春燕は、ぎゅっと生薬を抱きしめ、胸元へ寄せた。
「……ありがとうございます。凌偉様。」
春燕の胸の奥に灯った、あたたかな光が、
静かに、静かに広がっていった。
※作者より
「水月鏡花」の更新は【週3日/月・水・金 21時頃】です。
春燕と凌偉、それぞれの心の距離が、
少しずつ近づいていく時間を、
見守っていただけたら嬉しいです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




