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水月鏡花―中華恋愛譚・静かに灯る初恋―  作者: 麻倉ロゼ
第一章「氷心、春に融く」

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第二話「夕月と紅花」6

 気になって階下に降りると、紅花こうか機織はたおりをしていた。

夕陽の光の中で、木の枠が音を立てて規則正しく動く。

糸が交わるたびに、麻の布が少しずつ形を成していく。


その光景に、雪麗せつれいは息を呑んだ。


(……美しい。)


ただの作業ではない。まるで音と光の調べのようだった。


「見すぎ。」顔を向けず、紅花が静かに言った。

「も、申し訳ありません。機織りは初めて見たもので……。」

「ふふっ。」

紅花は振り返らず、ほんの少し口元を緩めた。


その時だった。


「紅花ー! 雪麗ー!」

明るい声が響き、扉が開く。

三人分のかゆを盆にのせ、夕月ゆうづき

満面の笑みで立っていた。

「夕月。帰ったんじゃなかったの?」

紅花が眉を上げる。

「え〜! だって妹分が来た初めての日だし、泊まっていこうと思って!」

夕月は楽しそうに言い、紅花は呆れたように笑った。


三人は屋根裏へ戻り、粥を囲んだ。

温かな湯気が立ちのぼる粥には、刻んだ野菜や豆まで入っている。

雪麗は思わず目を見張った。


「……あの、お嬢様は。」雪麗が心配そうに口を開く。

「ちゃ〜んと湯浴みして、夕餉ゆうげも全部召し上がって、

 今は休まれてるよ!」夕月が胸を張る。


その言葉に、雪麗はようやく胸を撫で下ろした。


「この時間には呼ばれない限り、私たちは本邸には入らないの。

 何かあれば専属の使用人がついてるから大丈夫。」

紅花が穏やかな声で言う。


「えー!紅花ずるい!もう雪麗と仲良くなったのぉ!?

 紅花ねぇ、昨日からずっとソワソワしてたのよ!」

「ちょっと! 言わないで!」


慌てて止める紅花に、夕月が声を上げて笑う。


二人のやりとりに、雪麗の頬も自然と緩んだ。

きっとこの屋敷で長い付き合いなのだろう。


(……あたたかい人たちだわ。)


「慣れるまで大変かもしれないけど、この夕月姉と紅花姉がついてるからねっ!」

「なんでも聞いてくれていいから。」紅花の笑顔に、雪麗は深く頭を下げた。


「はい。これからよろしくお願いします。夕月様、紅花様。」

「もーっ!夕月様って!!」吹き出しながら夕月が笑う。

「様はいらないって」呆れながら紅花も笑う。


「わかりました…。よろしくお願いします。夕月、紅花。」

雪麗は言い直しながらまた深く頭を下げた。


まさか、自分がここまで歓迎されるとは思ってもみなかった。

だが、胸の奥にまだ拭いきれない不安は残っている。

けれどその夜、雪麗は少しだけ――本当に少しだけ、

肩の力を抜くことができた。

 

夜更け。

灯りを落とし、夕月と紅花に挟まれて横になる。

(お嬢様が隣にいない夜は、初めてだ……。)

目を閉じても眠れず、天井を見上げる。

(お嬢様……怖い思いをされていないだろうか。)

外から虫の声がかすかに届く。

その音に耳を傾けながら、雪麗はゆっくりとまぶたを閉じた。

(明日、またお嬢様に会えますように……)

そう願いながら、静かに眠りへと落ちていった。

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