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獅子は炎に意思を見る

レオンは一人、先ほど自分がいた小川へとやってきていた。

水を汲みあげる際に、先ほどと同じように水面にレオンの顔が映る。少し前に見た時と変わりない、あの男たちを殺す前の姿と、何も。

水城としての意識や感情はすべてレオンにかき消された。

なんなら今はもうあの男たちの死体についてどう処理しようか考えている自分もいる。

「(水城は……そのうち消えてしまうのだろうか)」

自分を見失ってしまうことすらこれまではどこか恐怖を覚えていたのに、どこかそれを達観している自分もいる。

このままレオンの意識に飲まれて消えてしまう。

ちゃぽん、と水が跳ねる音がして水面に映っていた金の瞳が揺れてかき消され、空の青が反射する。

そういえば、彼女の瞳が陰った時、レオンの感情も確かに昂ったのを感じた。

美しく空のように澄んでいて、それでも強い意志を持つ瞳。その奥に、深い湖のような静けさと、優しさが揺れている。

強い彼女を虐げる男に水城は確かに怒りを感じた、そしてそれはレオンも同じだった。

「……はは、趣味まで同じなんて最高だな」

つい漏れた水城の言葉に、まるでレオンも同意するように苦笑を浮かべた顔が見えた。



水を汲み、再び来た道を戻る。しかしレオンの視線は空へと向けられていた。

「日が暮れそうだ……」

いつの間にか高かった太陽は傾き、森には夜の前触れが訪れていた。

周辺地理がわからないレオンにとって、ここから近くの人が住むような場所までどれくらい時間がかかるのかはわからない。それでも移動するなりあの場所で夜を明かすなり急ぎ準備が必要なのは確実だった。

急ぎ足で元居た場所へと戻れば、ルミアリエの光のベールの中、あわただしく動く女性たちの姿があった。

そのうち、レオンに気が付いたのか馬車荷台から荷物を下ろしていたらしいセシリアが駆け寄ってくる。

「戻ってきてくれたのね、よかった……」

その瞳には隠し切れない安堵の色。けれどすぐに背筋を伸ばすと左手を胸に添えながら礼をとった。

「改めて、私たちを助けていただいたこと、心より感謝申し上げます。私はリオネス侯爵家が長女、セシリア・リオネス。よければ貴方の名前を伺っても?」

「……レオンだ。姓は、ない」

「レオン……そんな偶然があるのね……」

「? どういう意味だ」

「いえ、ごめんなさい、なんでもないわ」

セシリアは小さく首を振り、すぐに微笑みを浮かべ直す。

けれど、どこか気持ちを切り替えるように軽く手を広げて、困ったように肩をすくめた。

「それで、レオン、貴方には助けてもらったお礼をしたいのだけど、見てわかる通り今の私には十分なお礼ができるようなものがなくて……」

その言葉どおり、彼女は身なりこそ整っているものの、先ほどの騒動を考えればまともな贈り物など望むべくもない。

「別に、礼なんていらない。俺がしたかったことをしただけだ」

「そうはいかないわ。侯爵家としても、私個人の気持ちとしても貴方にはちゃんと受け取ってもらいたいの。それで、ここからは相談になるのだけど……」

セシリアは一瞬不安そうにルミアリエに視線を向けると、覚悟を決めたように口を開いた。

「本当はすぐにでも町へ向かいたい。だけど今からだと森を出る前に夜になってしまう可能性があるわ。だから、この場で一晩明かして、明朝近くの町を目指そうと思うの。それで……」

少し息を吸って、セシリアはまっすぐな瞳でレオンを見上げた。

「それで、貴方にはその間の護衛と道案内を頼みたい。町まで行けば侯爵家に連絡も取れるから、その時に貴方へのお礼も依頼の報酬も必ず渡すから……引き受けてもらえないかしら」

懇願するようにに見上げてくるセシリアの視線を受けて、レオンは少し困ったように眉を下げ乱暴に頭をかきながら答えた。

「護衛については問題ない。元々君らが良ければ安全な場所まで連れていくつもりだったしな。ただ……」

言葉を切って、少し申し訳なさそうに視線をそらす。

「実は俺自身も道に迷ってたどり着いたクチでな。すまないが道案内については役目を果たせそうにない」

レオンはそう言いながらすまない、と頭を下げた。

そんなレオンの様子にセシリアはぎょっとしたように目を丸くすると慌ててレオンに声をかける。

「ま、待って頭をあげて!無茶なお願いをしているのはこっちなの!で、でもそれじゃ護衛については受けてくれるのね?」

「あぁ、目的地まで送り届けよう」

レオンの承諾の言葉にセシリアは心の底からほっとしたような様子で「よかった」と息をついた。

「だがそうなると、夜を明かしたとしても森をさ迷うことになるな……」

誰か他にこの辺りの地理に詳しい者はいないのか、というレオンの問いにセシリアは大丈夫、と笑顔を向ける。

「貴方が護衛を引き受けてくれるのなら、この子を使いに出せるわ」

セシリアはそう言うと、胸元から銀の鎖を引き出した。その先には赤い宝石のような石が揺れており、レオンはどこか見覚えのあるその石に目を細めた。そんなレオンの視線を受けながらセシリアは赤い石を両手に持ち、目を閉じて何かに集中するように動きを止める。

レオンが黙ってそれを見ていると、ふと隣に気配を感じ顔をあげればそこにはルミアリエの姿があった。彼女は慈愛の笑みを浮かべながらもセシリアの様子を見つめている。

「……古の契約のもと、その姿を現せ――ライオネル」

セシリアがその名を呼んだ瞬間、ぶわりと周囲に熱が広がる。空気が熱で歪み、そこに小さな炎が生まれた。小さな炎はだんだん大きくなりやがて一匹の獣の姿を形どる。

それは獅子。だが、ただの獅子ではない。燃えさかる鬣を持ち、瞳は炭のように赤く輝き、重厚な気配をまとってその場に立っていた。

ライオネル、と呼ばれた火の精霊はその炎の鬣を揺らしながらセシリアにすり寄り、セシリアもそれに応えるようにその鬣を撫でた。

威厳を損なわないながらも、セシリアとの間に流れる確かな信頼関係にレオンは目を細めた。

「――来てくれてありがとう、ライオネル。兄様とお父様、お母様に伝えて、私は無事だと。それから迎えをお願いしたいの、ここにいるみんなが帰れるように。お願いできる?」

セシリアの優しい声。それに応えるよう獅子が静かに咆哮した。

最後に名残惜しそうにセシリアにすり寄ると、再び炎が舞い上がりやがてその姿は空へと消え去った。

「……これで、我が家の者が迎えに来てくれるわ。それまでよろしく頼むわね」

「……あぁ、任せてくれ」


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