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獅子は沈黙の中に光を纏う

静寂の中森の木々が風に揺られる音がする。目が覚めた時には清涼な空気を運んできてくれていたそれが辺りに濃厚な死の気配を漂わせる。

誰も動かない、動けない中ただ一人その場に立つレオンは握りしめていた自らの拳へと視線を落とした。

――この手で人を殺した。

人の焼ける匂い、目の前で息絶える姿、そして拳に残るのは人の体を破壊したという確かな感触。

それを理解したとたん、頭の中で水城としての自我が叫ぶ。


人を殺した

こんなはずじゃなかった

怖い

いやだ

うちに帰りたい


だがレオンとしての強靭な精神がそれを許さなかった。何かを耐えるように、確かめるように、ただ無言で拳を強く握りしめる。

「……あの」

そんなレオンにかけられた声にはっとして声の方へ視線を向ける。そこには困惑の表情を浮かべるセシリアの姿があった。

手足が縛られているためか、地面に泥にまみれながらも顔をこちらに向ける彼女の姿にレオンは手を貸すために一歩近寄った。

「ひっ」

「いや…っ!」

しかしそんなレオンに向けられたのは拒絶の声。

セシリアの背後で女性たちは少しでもレオンから距離をとるように身を縮こまらせ、セシリアの侍女だろうか年若い女性が必死に「セシリア様!」と呼びかけている。

先ほどの男たちに向けられていた恐怖の視線。それが自分に向けられていると気づいたレオンは足を止めた。

彼女たちも理解していた。目の前の男は自分たちを助けてくれたのだと。

それでも人攫いたちに向けられていた冷たい眼差し、圧倒的力な力で人を殺めたレオンの姿は怪物のように見えた。

彼女たちの反応にかすかにレオンの瞳の星が揺れる。それは水城でありレオンである彼が見せた弱さだった。

「待って!」

レオンが距離をとるように足を動かそうとしたとき、再びセシリアの声がそれを制止する。

先ほどの恐る恐るといった様子ではない、強く空気を裂くような声だった。

「助けてくれたのよね、本当にありがとう」

暖かな、こちらを気遣うような声だった。

わずかに感じる恐怖と警戒の中でもそれでも感謝の気持ちと、傷ついた獣へ手を差し伸べるようなそんな気配を感じ取るには十分だった。

「……縄を解こう……近寄ってもいいか」

「えぇ、もちろん」

セシリアの許しを得たレオンはゆっくりと、なるべく威圧しないように近づき、彼女の背後にまわる。

きつく締められた縄が彼女の肌に食い込んでいるのを見ながら腰から小さなナイフを取り出した。

他の女性からの視線を感じたが、先ほどまでの拒絶は薄くただ静かにレオンの様子を見ている。

それが誰のおかげかだなんて言われずともわかるだろう。

「痛かったら言ってくれ」

レオンが力を込めると折れそうな彼女の腕になるべく触れないよう、肌を傷つけないように縄をナイフで切る。

その時、ふと彼女の手のひらが赤く染まっていることに気が付いた。

握りしめていた時に爪が肌に食い込んだのだろう。レオンにとっては小さな手についた痛々しい傷跡に顔を顰め、そっと手をかざした。

「ヒール」

「!」

レオンがそう唱えた途端、セシリアの手を暖かな光が包み込む。

セシリアが慌てて手を確認すると、そこには血の跡はあるものの傷ひとつない自分の手があった。

「……余計なことをしたか?」

まじまじと自分の手を見ていたセシリアに思わずそう尋ねるレオン。

太い眉がわずかに下がり、気まずそうに視線が逸れる。その表情は先ほどまでの人を殺した冷たい男の顔ではなく、ひとりの血の通った人がそこにはいた。

「いいえ、ありがとう……優しいのね、貴方」

そんなセシリアの心からの言葉にレオンは目を丸くした後、ふっと気の抜けたような笑みを浮かべた。

ずっと硬い表情だったレオンの見せる人らしい一面に、セシリアが胸の奥でむず痒さを感じたその時、レオンが手に持っていたナイフをセシリアへと差し出した。

「他の女性たちは俺より君がやった方がいいだろう……その間に近くの川で水を汲んでくる」

「わ、わかったわ」

手渡されたナイフはあまり見たことのない形をしており、セシリアの手には少し大きいながらも手入れが行き届いていてずっしりとした重みを感じる。

セシリアがナイフをまじまじと見ているのを横目にレオンはマップを起動すると周囲の様子を確認する。

敵性モンスターは今のところいないが、自分が離れている間念のため彼女たちを守るための何かが必要だろうと判断したレオンは手元に一つアイテムを取り出した。

手のひらよりも二回りほど小さな白い石。ぼんやりと淡い光を纏ったそれはレオンが契約した光の精霊を呼び出すためのアイテムだ。

「(ゲーム内ならショートカットアイコンを押すだけでよかったんだが……どうやって呼び出すんだ?)」

手の中で小石を弄びながらレオンはその名を呼んだ。

「ルミアリエ」

その瞬間、精霊石がその声にこたえるように瞬いた。

「なに、これ」

誰のつぶやきだっただろうか、反射的にレオンが顔をあげると、あたりにきらきらと光の粒子が舞っていることに気が付く。

そしてその粒子に誘われるように天から一筋の光が伸び、その中から一人の女性が姿を現す。

背には三対の翼がゆるやかに開き、光輪が輝きながら回転する。体全体が白く薄いベールで隠され、唯一微笑む口元だけが見え、その表情には無限の慈愛と哀しみが漂う。

やがてその女性はゆっくりとレオンの前へ降り立ち、地面から少し浮いた状態で止まった。まるでレオンの命令を待つように。

「……ルミアリエ、だよな?」

ゲームと同じ姿、それでもどこか神々しさすら感じるその立ち姿に圧倒されつつも、そう問いかけたレオンに光の精霊ルミアリエは口元に浮かべた微笑みを深めゆっくりと頷いた。

「……俺がここを離れている間、彼女たちの護衛と回復を頼みたい。"淡光の輪"を展開してくれ」

ルミアリエはレオンの言葉にうなずくと軽く手を広げ何かを呟くように口を動かした。

その瞬間、あたりに漂っていた死の気配が消え、代わりに森の清浄な空気が戻ってくる。そしてルミアリエを中心に光り輝く半球のドームのようなものが辺りを包み込んだ。

淡光の輪、光の精霊のスキルで内部にいる者を継続回復するとともに周囲の敵からの攻撃を防ぐ。

精霊と相性のいいスキルを持つエルフではないレオンはせいぜい低級モンスター程度にしか効果は出ないが、それでもこの森のモンスターであれば十分だと判断した。

「……水汲みに行ってくる」

そう言うとレオンはルミアリエにくぎ付けの女性たちを残し、元来た道を戻っていった。


残されたセシリアがルミアリエからようやく視線を戻した時にはすでにレオンの姿はなかった。

そのことにわずかに寂しさと戻ってこないのではという恐怖にかられそうになったが、手元に残っているナイフと目の前の"天使"の姿に気を持ち直すと、女性たちを開放すべく急いで駆け寄った。

「セシリア様!ご無事で!」

そう言ってセシリアの手を握り涙を浮かべるのは最近セシリアの側付きになったマリアだった。

彼女をなだめるセシリアに他の助けられた女性たちの声が聞こえてくる。


「なんて美しいの……」

「天の御使い様よ……」

「見て、傷がもう治ってる!」

「それじゃあの方はもしかして高名な司祭様だったりするのかしら……」


「(本当に何者なの……)」

第一印象は冷たい戦場を生き抜いた歴戦の戦士、だけどその所作に粗暴さはなく剣のような強さと美しさを持っている。しかしその中でこちらを気を遣うような言葉やふと優しい表情を浮かべたりと人間味らしい姿も見せる。

突如現れた謎の男の存在にセシリアの頭は乱されっぱなしだ。

それに、と顔をあげ天使の姿を仰ぎ見る。彼女は唯一見える口元に優しい笑みを浮かべいまだその場所に存在していた。その純白のヴェールや背後で輝く光輪から見ているだけでその存在が善なるものだと誰もが思うだろう。

「(でも、これって精霊、よね?今まで見たことのある精霊の中でも格が違うくらい高位の……)」

その中でもセシリアだけは、同じく精霊との契約を持つセシリアだけは、その天使の正体を正しく認識することができた。

魔法を扱い、剣術や体術にも優れ、さらに高位の精霊との契約をも持つ男。

「ちゃんと、話をしないとね……」

セシリアの視線はレオンが去った方へと静かに向けられていた。

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