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獅子は異世界へ降り立つ

ところで、今世界的にブームとなっているVRゲームはその身体に与える影響の面から様々な制約が法律で決められている。

例えばヴァルディス・オンラインのようなゲームであればフルダイブ型のゲームのため、対象年齢は十八歳以上に限定され、プレイヤーの睡眠時等の無意識状態化では強制ログアウトとなるように定められている。

つまり、もしゲーム内で寝るという行為をした場合、次に目が覚めた時にはヘッドギアをつけた現実世界で目を覚ますことになる。


だから、ちらつくような眩しさで目を覚ました水城が目の前の光景に真っ先に夢の中でもゲームしてるのか、なんて呆れてしまうのも仕方のないことなのである。


どれくらいそうしていただろうか。木々が風に揺れる音、遠くから聞こえる鳥や何か生き物の鳴き声、少し湿った土の香り。

そんな懐かしさすら感じてしまう光景に水城はリアルな夢だな、とどこか他人事のように考えていた。

そして目を覚ました原因でもある木々の隙間からちらつく太陽の光を遮るため、完全に脱力していた手に力を入れ、頭の上まで持ち上げた。


「は、?」


そこに現れたのは日焼けしたような浅黒い肌、骨ばった関節、太く長い指、分厚い掌にそこから伸びた腕は水城の知る自分のものより2回りほど大きい。

なんとなく、数回拳を握ったり開いたりしてみる。VRのような違和感もない。まるでずっと自分の手だったように動く。

よく見れば肌には細かな傷も多く、指先や掌は長年武器を振るってきた歴戦の戦士のように分厚く、力を込めると筋肉が動きに合わせて盛り上がるのを感じる。

そう、まるでーー


「レオンみたい、だ……」


頭で思ったことがこぼれるように口から出た時、それは水城結の声ではなかった。

少しざらつくような低く威厳のある声、ヴァルディス・オンラインの水城のキャラクター、レオンの声そのままだった。


まるで冷水をかぶせられたように一気に意識が覚醒する。

持ち上げていた腕と反対の手を地面につき、上半身を起すと筋肉の重みを感じた。視線を下に向けると、見慣れた”レオン”の装備とその下にあるであろう引き締まった男性の体が目に入る。

地面についていた手を動かし、地面の土を掴む。そのまま持ち上げ再び拳をほどけば少し湿った土が掌を汚して地面に落ちた。

木々の隙間から吹く風が頬を撫でる。足元の地面を虫が這っている。野生の動物の匂いがする。ドクドクと心臓の鼓動が聞こえる。口の中が妙に乾く。


五感で感じるすべてが夢ではない、VRでもない、これは現実だと訴えていた。



「状況を、整理しよう」


自分に言い聞かせるように呟く言葉も、レオンの声だとまるで熟練の貫禄があり、内心パニック状態だとは誰も思うまい。

水城は今一度眠る前の記憶を思い起こしたが、特に何も特別なことや異変はなかったと記憶している。ゲームをしていて、いつものように寝落ちしただけだ。


「……そうだ、ゲーム」


左手を持ち上げ、手首の内側を見る。そこには確かにゲームのレオンと同じくバーコードのような模様とアルファベットと数字の羅列が刻印されていた。

刻印の下にある血管や肌の質感に驚きながらも、覚悟を決め右手の指でそっとそれをなぞる。


フォン


聞きなれた電子音とともに青白いホログラムが浮かび上がる。

ステータス、アイテム、スキル、と見慣れたヴァルディス・オンラインのメニュー画面が並ぶが、その右端にあるはずのログアウトのボタンがない。

まるで抜け落ちたかのようにぽっかりと空いたスペースに触れても何か起きるわけもなく、水城はため息をついた。


それからも水城は状況を把握すべく行動した。

メニュー画面が表示されたということは何かしらのゲームのシステムが生きている。それを駆使して運営やフレンドに連絡がとれないか、今の状況がわかるアイテムなどはないか、身体に異変はないか。

人の気配がない森の中とは言え、素っ裸になるのはためらわれたが、それでも言葉通りに隅々まで確認し終わった水城は、手を止めるともう一度「状況を整理しよう」と呟いた。


まず結論から。

ここはヴァルディス・オンラインのシステムが組み込まれた現実世界である。

である、と断定したもののそれは確定ではなく単に水城にとってそう言わざるを得ないため、そう表現するしかなかった。

VRでは決してたどり着けないリアルさと、ホログラムといったゲームシステムが共存する世界、少なくとも今現時点ではそう認識をした。

他にもアイテムやスキル、ゲームのシステムについても確認し、ログアウトやチャット、メールといった一部の機能は使えなかったものの、アイテムやマップ、ステータスなどのメニューが使用可能なこともわかった。

マップは本来自分の所在を示すマークと、その惑星の名前、国の名前を含め周辺の地図が表示されるが、それらはすべてリセットされており、今の現在地を示すマークの他は未踏破の状態と同じように???と表示されていた。

次にアイテム。

ゲーム内で所持していたすべてのアイテムを覚えているわけではないが、少なくとも記憶にあるものはすべて残っていた。

特にこれから必要になると思われる武器や装備、回復アイテムなどの消耗品についてもそれなりに在庫があることを確認できた。

あまり整理整頓が得意ではなく、アイテム所持数を課金で限界まで拡張したのにいつも制限ぎりぎりで、よく仲間たちから小言を言われていたことを思い出し、水城は小さく笑みを浮かべた。

ゲームシステムと同じように、アイテムを思い浮かべることで手元に召喚できる仕様も確認できたが、念のため、いつも使用していた武器を装備し、いくつかの回復アイテムを腰のポーチへねじ込んだ。


「よっと」


レオンの持つ武器の中でも最高ランクで愛用していた武器。

≪星滅のせいめつのやいばオルティアス≫と≪黎明の守壁れいめいのしゅへきアステリオ≫はそのアイテムレベル、攻撃力が高いこともそうだが何より見た目が気に入っていた。

どちらも黒曜石のような深く落ち着きのある黒色だが、武器を構えると、剣はその漆黒の刃に星のような金が瞬き、盾は隙間から宇宙をのぞき込んだような星空が現れ、その中心に剣と揃いの金の星が光り輝く。

レオンの金色の眼と同じ色を持つその武器を水城は気に入り愛用していた。

剣と盾をそれぞれ腰と背に背負い、防具も見た目が派手になりすぎない範囲で防御力が一番高い装備を身に着ける。


「よし、行くか」


こうしてレオンは世界へ一歩踏み出した。



森の静寂を重い足音が破るように一歩一歩地面を踏みしめる。とりあえず北へと向かってどれくらい歩いただろうか。未踏破状態だったマップが少しずつ開けていく様子はまるで新たな惑星に降り立った時のわくわく感を思い起こさせる。

自分がおかれた状況もよくわからず、ゲームではないリスポーンもできないような未知の危険が潜んでいるにも関わらず、水城はこの状況を楽しんでいることに気づいた。

マップに時々表示されるアイコンはすべて低レベルの中立モンスターの反応ばかり。時々、寄り道をしてのぞいてみるとそこにはホーンラビットやフレアチックといったLv5以下のモンスターの姿を確認できた。見慣れたモンスターの様相にここが水城のいた世界とはまた異なる場所だと確信する。

「(それにしても懐かしい。ヴァルディス・オンラインを始めた頃もホーンラビットを狩ってレベリングしてたっけ。ドロップ品の肉が実は素材として有用だってわかったときもみんなと一緒に狩場を荒らしたことも……)」

懐かしい記憶に浸っていた水城の耳にふと風の音に混ざるように川のせせらぎのような水の音が聞こえてきた。反射的に足を止め、マップに視線を移すと現在地から北東地点、探索範囲ぎりぎりの場所が森を示す緑ではなく水場を示す青い範囲になっていることが確認できた。

一応、アイテムに素材としての水があるにはあるが、それとは別に飲料水確保できるのならありがたい。


進路をわずかに東へずらし、数分歩けば目の前には森を裂くように流れる小川が現れた。

流れは穏やかで水も澄んでおり、近寄ればひんやりとした空気が肺を満たし、水城は深呼吸するように大きく気を吐く。

そして水に触れようと水面をのぞき込んだ時、初めて水城はレオンの顔を確認することができた。

無駄なく鍛えられた完璧な肉体、浅黒い肌、短く刈り込まれた黒髪、そしてなにより水城が気に入っていた切れ長でわずかに吊り上がった金色の瞳の奥には、よく見ると星が瞬いているのがわかる。

そのまま無意識に顔に触れると、肌質は固いながらも滑らかでそれでいてところどころ小さな傷やしわが存在し、ゲーム内では表されなかったレオンが重ねてきた年齢を感じさせるものだった。

しかしふと水城は違和感を覚え、動かしていた手を止める。

レオンの姿は恥を捨て自分の美意識と好みの要素をぶち込んだ理想の姿だ。それが現実になった今"水城"は憧れのアイドルに出会った時のように感動やときめきを感じるはずなのである。

だが、水城、いやレオンの中にあるのは「ああ、いつもの顔だな」という毎朝鏡で見る自分の顔と同じような、当たり前の感想。

そんな水城とレオンの乖離とも同調ともいえる奇妙な心地に水城は胸の内側を冷たい手で触れられたような一抹の恐怖を感じ取った。


ガラガラッ


そんな水城の思考をも近くから聞こえた物音でかき消される。何か大きなものが動くような音、馬のいななき、そして人の気配。

急いでマップを確認すると探索範囲内に複数の反応が見える。しかしどれも中立、かつ低レベルを示す色。

とっさに腰に下げた武器に手が伸びるが、それを下ろしつつ、とはいえレオンとしての経験なのか警戒しながら音の聞こえた方へと足を進めた。

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