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1話:「生きたいと気づく・生きる、道しるべ」

 あんまり書かない、趣味でやっているものです。

ですが、当分やめるつもりはありません。

 四季のうちの冬。馬車の内装のない木の箱の中に一人、だるまの形をした人間が寝かされていた。

 鉄格子の窓からは冷たい空気と今にも結晶になろうという雨水がだるまの人間を突き刺すように入ってくる。

 ”四肢を失って何日が経っただろうか、馬車の行き先はどこなのだろうか、これが絶望と死という感覚なのか……”

 「”元”勇者様は、馬車の中で雨水にも降られず、良い御身分ですね」

馬車を操っている若い御者が木箱の中のだるまに声をかけた。「……罪人のはずなのに」

「変わりたくても四肢がないからな、どうしようもないんだ」

だるまの人間が口を開いて言った。「帰りたいのなら、俺のことを外に捨てて、この木の箱を魔物に襲われたように壊せばいい。この箱には俺の四肢から出た血が染みている、ばれることはないだろう」

「馬車を壊したら我々は歩かなければいけないのでは? それでは私たちも凍え死んでしまいますよ」

若い御者の隣に座る、髭面の少し老けた御者が冗談交じりに答えた。

「今乗っている、馬車の馬の部分に乗って帰ればいいんですよ」

だるまの人間が絶望に身をまかせるように言った。「家族が家で待っていると先日言っていませんでしたか?」

 家族の話を出したとたん、御者の二人が黙り込み、時期に馬車のスピードが遅くなっていった。

そして一刻を過ぎないうちに、馬車のサスペンションのない直接的な振動が止まり、御者の二人が木の箱の格子状の扉を開いた。

 「やっと終わりの見えない終わりを終える時が来たか......」

だるまの人間は死を待つのみの状態に光を見出した。

「申し訳ない。道のりにしてあと、この三倍ほどの場所に運ぶとなれば往復に半年を費やしてしまうことになる。そんなに離れるよりは……」

 髭面の御者が申し訳なさそうな顔をして、だるまの人間を運び出し、雪の積もった道の端にそっと置いた。

「”元”勇者イナツグ殿、あなたの心遣いに最上級の感謝を」

二人の御者が被っていた帽子を胸に当て、頭を下げて言った。

 「それでは苦しませずに」

若い御者が腰に着けた細剣を取り、だるま、もといイナツグに向けた。

「それは大丈夫だ。人生を振り返る時間が欲しい。もう行ってくれて構わないよ」

 「それではこれだけでも」

そう言って髭面の御者が、イナツグに自分の着替えに持ってきていた上着をはらりとかけた。

「生きているうちに墓参りの品を貰うことになろうとはな……」

「それでは……」

御者の二人が暗い顔持ちをしながら馬車から馬を離し、馬で駆けて行った。

 だるまで、雪道のひと気はおろか、獣の気配すらしない場所に一人置き去りになった。

そして、ゆったりと流れ始めた自分だけの世界で、自分のして来たことを考え始める。

 ”俺、最初は普通の家に生まれて、母さんに稲作をついでほしいからと名をつけられ、地元の友達と野原や森の中を駆けまわって遊んで、稲作を手伝って、十三の時に勇者に選ばれ、故郷を離れ、一か月で前線に出るようになっけな、そのころにはもうパーティーに慣れて……思えばあの頃か、傲慢になり始めたのは……女遊びもほどほどにしていれば、負けてもここまではされなかったかもな……あぁ死ぬのか”

そう考えたところで唐突に疑問が、ふと浮かび上がった。”本当に俺は死んでもいいのだろうか。勇者としての役目は終えたし、次の勇者の選定の話も聞いたから勇者としては本当に要らないのだけど……ただのイナツグはどうだろうか。親父はどう思うだろうか、それと母はどこにいるのだろうか、時々口からこぼれてほのめかすように言っていた姉はいるのだろうか……”

雨雲に隠された青空を透かして見るような視線を向けて、ゆったりとしたしゆる、死にゆく時間を凍えることも忘れて待った。


 雨上がりの空を寒さなど忘れたような服装をして、鳥よりもスマートに飛んで行く少年の姿があった。

「まさか、薬の材料集めにこんなに飛び回ることになるとは思いもよらなかったのう」

少年が医者や研究職のような白衣に短パンとへそ出しの半袖を着てにこやかな雰囲気を纏って言った。

 「それにしてもさっき見た二匹の馬はなんじゃったのかのう。道を沿うように走っていたということは、騎手もいたとみて間違いないと思うが、こんな冬季は使うことの少ない旧道を着たのじゃろうか」

 さらに山と丘を飛び越えたあたりで、道の横に冬季の自然では見慣れない赤色の何かを見つけた。

「血か何かじゃろうか、気になる……降りてみるか」

そうして白衣の少年は赤い何かをはためかせる風を起こして降りてきた。

 白衣の少年が、それを近づき見た。すると鎧を着た四肢のない人間に、赤い上着がかけられていることが確認できた。

 「貴様、生きておるのか?」

少年が布被りの鎧ダルマに聞いた。「声も上げられないほどに弱っておるのか?」

すると、鎧ダルマの口から空気の冷たさからなる、白い息が噴き出た。

「生きておるのなら、そのまま死ぬか、奇跡的に助かるか、選べ」

少年が聞いた。「Dead or Aliveというやつじゃ」

「ア……ライヴ……生きな……いと」

鎧ダルマが生き絶え絶えの今にも生き潰えそうな声で答えた。「奇跡」

 少年は鎧ダルマを自分を浮かせていたのと同じ魔法を使って飛ばし、冬の空を切り裂くように北へ飛んだ。


 イナツグは何やら暖かい雰囲気に目が覚めた。

「不思議な夢を最後に見たものだな」

イナツグが木造りの天井を見ながら言った。「ここが天国ってやつか、天国って言う割には手も足も無いままなんだな。それとも、ある種の地獄なのか」

 イナツグはそれから半刻ほどして、改めて思った。”本当に地獄だったか。孤独地獄”だと。

それからさらに半刻ほどして、夢に出てきた白衣の少年が扉を開ける音とともに、イナツグの寝ているベッドの隣に立った。

「目覚めはどうかな? とりあえず、治せる部分は治してみたが、完全な再生は今の技術では不可能での、四肢はそのままになっておるよ」

少年がイナツグに施した事を淡々と話した。「せめて切られた四肢があるのなら、くっつけるぐらいなら……」

「さっきのは夢じゃなかったのか。それとも、今も夢の中なのか」

イナツグが呟いた。

「ここは現実だ。私が貴様を助けた。貴様が”Alive”と、”生きないと”と言ったからの」

少年がそう言いながら隣の椅子に座る。

 「そうなのか……あなたは何者なんだ?」

「その前に言うことがあるんじゃないか?」

「助けてくれてありがとう。それと、ごめんなさい」

イナツグは助けてもらったことに対するお礼をしていないことに気付き、慌てて、謝罪とお礼を言った。

「自分があんなことを言うとは思わなくて、本当に夢なんじゃないかと思ったんだ」

イナツグがうつむいて言った。

 「これから貴様はどうするつもりなんだ?」

少年が優しい声色で聞いた。「四肢もなければどうしようもないように思うが」

「できることなら義手と義足、もしくは魔術式の車いすが欲しい」

イナツグが願うように言った。

「もちろんお礼はするつもりだ。ほかに頼れるものはないんだ!」

続けてイナツグが言い、頭を掛け布団につけた。

「わかった、まずは車いすから作ろうかの」

少年は考えるように、顎に指を沿わして言った。

「ありがとう。それと、作ると言ったが、あなたは職人か何かなのか?」

イナツグが気になっていたことを聞いた。「木材を扱うような職……」

「私は職人ではなく、”魔法・魔術・呪い・薬学”の研究をしている」

楽しそうに少年が答えた。「名はレーシー・コー・シン。よろしく頼むぞ助手くん」

「”助手くん”……聞き間違いか?」

イナツグが少し疑うよな目でレーシーを見ながら言った。「俺にはそう聞こえたんだが」

「お礼をしてくれるのだろう?」

レーシーは子供が新しいおもちゃを見つけたような目でイナツグを見た。「それなら、お礼は君自身を所望するよ」

「今の俺に助手ができるとは思えないし、迷惑を長い期間かけることになるんだぞ」

「それはどうでもいい。長い時間などという言葉は私の辞書には無いのだからな」

「俺には関係がある! 生きる理由を思い出したんだ!」

イナツグがレーシーの方に怒鳴った。

「そうは言っても、貴様は私なしでは移動さえできないのだから。必然的に私に従うことになるがの」

愉悦交じりの顔を浮かべて言った。

「……理解、した。助けて……ください」

イナツグは唇をかみしめる思いで、言った。

「そうか、なら、早急に車いすぐらいはこしらえないといけないね」

レーシーは立ち上がり、扉に向かって歩いた。「そのあとに義足もね」

「ありがとう」

 その夜イナツグは、四肢のないことからくる、行動の制限に無力感を感じ、枕を涙で濡らした。

 それから数日、介護をしてもらいながら車いすができるのをベッドの上で待った。

 その間に資料を読み聞かされ、魔術についての研究に協力させられた。

「今まで、剣一本で戦ってきたのに、いきなり研究職に転向しろなんて、無茶なことをさせるな」

イナツグがため息交じりに言った。「介護されてる手前、何も言えないけどな。それにしても魔術って、声を使うものもあるけど、手足がないとできないものが多いんだな。こんなん、困難に決まってるだろ! ……ダジャレはおもろない」

「やっと完成したよ」

扉を開けてレーシーが入ってきた。

「完成って、車いすか?」

「そうだとも。それにちゃんと魔力炉に接続して、ある程度の人間的行動もできるようにしたんだよ」

嬉しそうにレーシーは言った。「まずは試乗だよ! 早く行くよ!」

 ”魔力炉(まりょくろ)”とは、人間に備わった器官の一つで、生きている限り魔力を生成し続ける、実体の存在しない器官の名称で、人間の心臓のあたりに存在していると言われている。

また、それに関連する言葉に、”魔力脈(まりょくみゃく)”や”魔力泉(まりょくせん)”などがある。

 レーシーがイナツグの四肢のない体を俵を担ぐように持ち、庭に出た。

 イナツグにとって、王城で馬車に詰められたとき以来の直射日光は、緑の匂いとともに体に染み渡る気持ちのいいものだった。

”腕があれば体を伸ばしたのにな……”

イナツグは心に言葉を落とした。

 レーシーはそんなイナツグの想いなどに気付くわけもなく、イナツグの体を車いすに乗せ、固定した。

その次の瞬間、イナツグの背中に強烈な痛みが心臓のあたりまで刺さり、背もたれから心臓のあたりまでの穴が開いた感覚を覚えた。

「あ”あ”あぁぁぁぁぁっ!」

イナツグはあまりの痛みにこらえきれず、叫んだ。「なんだよこれぇ!」

「普通は魔力炉にアクセスするのに痛みが生じるのか……。いや、これは最初だけで、穴を作る際に出る痛みなのか?」

レーシーはイナツグの反応から推察しようとした。

「はぁ、はぁ、なんだったんだ、今のは、戦場に出ていたころにも、感じたことのない痛みだったぞ!」

痛みが引き、絶え絶えの息を馴らしつつ、イナツグは疑問を投げかけた。

 「おそらく、魔力炉直結の魔力泉が背中に作られたのだろう。大丈夫だよ、私も同じように穴は開いているからね。さほど問題はないよ」

レーシーが自分を指さし、言った。「魔力泉は体のいくつかの場所にあるんだよ。例えば、手首や足首、首に膝、肩に腰、股関節とか、主に大きな関節部に集中しているよ」

「で、それが何のためになるんだ?」

イナツグが不機嫌な態度を見せて言った。「”人力サイクル”のチェーンに油を指すように関節の動きをよくするのか?」

「君はこの数日間、私に何を聞かされていたのか、わかっていないのかい?」

呆れたようにレーシーが言った。「魔術の行使には、魔力が必要で、その魔力を体外に放出できる場所が魔力泉なの。理解した?」

「それって、背中の魔力泉から魔力、駄々漏れにならんか?」

レーシーの話を呑み込んだイナツグが疑問をていした。

「私は大丈夫だった、だから大丈夫だ!」

自信満々に言った。「ついでに、そこから魔力を通していろいろ動かしてみてみろ」

「俺は魔術どころか、魔力の感覚すら、さっき初めて認知したんだぞ! そんなにいきなりできるわけがないだろ!」

レーシーの教え方の雑さにいら立って、イナツグが声を荒げた。「あと、あんたが大丈夫だったところで、俺が背中に穴開けて大丈夫な理由がねえじゃねえか!」

「貴様が私に車いすを作れと言ったんじゃないか! そもそも、車いすだけあったところで、腕も足も無いその体で、どうやって使うつもりだったんだ! その足りない部分をどうにか埋めようと考えて作ったんだぞ! ちょっとぐらい譲歩しろ!」

イナツグの言葉に憤怒し、強く言い返した。

「その部分はありがとう、感謝している! だが……あぁもう、わかったよ! 俺がその分、理解力と知識をつければいいんだろ!」

イナツグが先ほど荒げた声を戻さないままに言った。

 そうは言っても、イナツグが急に魔力について理解することはない。そのため、レーシーは魔力の基礎を徹底的に教え込むはめになった。


 それから数日後、やっとのことで、イナツグは魔力の放出と魔術の行使に成功した。

「師匠、これならいけそうです」

イナツグはベッドから、小さな丸テーブルに合うように置かれた、椅子に座るレーシーに自信を持った瞳を向けて、言った。

「師匠じゃなくて、レーシーさんでいいからね。私は研究者だから」

レーシーは呆れ交じりの声で言った。

「少年の姿をした人にさん付けは違和感があるんだよ」

イナツグが納得させようと言った。「なんというか、しっくりこないんだよ」

「それでも、そう呼んでほしいな」

レーシーは、丸テーブルに置かれた白湯入りのマグカップを口元に運び、丸テーブル横の日光の差し込んだ窓から、庭を見て言った。

そんな後光がさしたような彼女の雰囲気にイナツグは、頭の奥隅に追いやられていた記憶から、ある女神の姿を見た。

 「あぁ、あっ! そういえば、俺と会って数日は、貫録を出そうとしたのか、じいちゃんばあちゃんみたいな喋り方してたよな」

イナツグが黙り込けた自分に驚き、忘れていたどうでもいい質問をふと思い出し、投げかけた。「今は普通のしゃべり方だけど」

「貴様というのは変わらないがな、そういうところは確かに意識したね」

マグカップをテーブルに置き、イナツグの寝ているベッドを見て言った。「こんな姿でも、大人のように見えるだろう?」

「あんた、ほんとに何者なんだ? 俺には少年の形を持つ、不明点の多い何か、としか考え」

イナツグが少し声量を落として言った。

「それは、貴様がこの世界で見つけてみればいい。まぁ、私の資料なんぞはとっくに、失われているかもわかないけどな」

レーシーが少しうれしそうに笑い、言った。

「じゃあ、いつかは俺を開放してくれるのか?」

「それは貴様……次第だ」

そう言って、レーシーはマグカップを再び口に運んだ。

主要人物


・イナツグ:二年ほどの間勇者をしていた、元勇者。で、四肢を奪われた十五歳の少年。

・レーシー・コー・シン:不明な点が多い研究者の少年の姿をした人。

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