せっかく隣国の伯爵令息と王弟の息子が守ってくれると言ってくれたのに、婚約者に断罪のために壇上に連れて上がられました
私がマクシムが自国から取り寄せてくれたイチゴのデザートを美味しく食べ終わった時だ。
「クラリス嬢。これは我が家で取れたリンゴのパイだ」
私達の後ろから王弟殿下の息子のジョルジュがいきなり現れた。そしてその手には噂でしか聞いたことのない王弟殿下の秘伝のアップルパイを差し出してくれたんだけど……
ええええ! 何で?
私が驚いてジョルジュを見ると、
「要らないのか? 我が家のアップルパイは貴族の間でも有名なんだそうだが」
あんまり甘いものに興味の無さそうなジョルジュが正直に話してくれた。
王弟殿下の屋敷のアップルパイはそのお妃様の実家の秘伝のパイだそうで、私もまだ一度も食べたことがなかったのだ。
「えっ、頂けるのですか?」
私は目を見開いた。今日はゲーム上では婚約破棄される最悪の日なのに、イチゴのデザートといい、秘伝のアップルパイといい、食べられるなんてなんて良い日なんだろう。
今までの私の努力を哀れんで女神様が断罪される前に最後に美味しい思いをさせてくれるのかもしれない。
なんかそう思うと悲しいけれど、でも、せっかくのごちそうなのだ。私は遠慮せずに頂くことにした。
「いや、剣術部の予算の時は世話になったからな」
昔おねしょをしたことをばらしただけなんだけど、これ以上その話を広めるなということだろうか?
まあ口止め料なら食べても良いだろう。
「ありがとうございます」
私は一口口に入れるとリンゴの芳醇な味がしてほっぺが落ちそうになった。
「美味しいです」
私がほっぺたを押さえて感激して言うと、
「そうだろう。我が家のアップルパイは本当に人気なのだ」
そう言いつつも笑顔で私を見てくれた。こうなるとジョルジュ殿下もマクシムもイケメンだ。そんな二人を侍らせて美味しいものを食べられるなんて、絶対に断罪前の女神様の贖罪か何かに違いない。
だって私は悪いことは何もしていないんだから。
最後にこんな美味しいものを食べさせてくれて、女神様もほんの少しだけ良いところもあるみたいだ。
悪いことをしていないのに断罪されるのは納得いかないけれど。
でも、なんかマクシムとジョルジュが牽制し合っているような気がするのは私の気のせいだろうか?
それに遠くからエミールがこちらを怒りの籠もった視線で睨んでいるんだけど。
そんなに睨まれるような酷い事は私はしていないのに。どちらかというと絶対にエミールの方が酷いと思う。
ふんっ、まあ、でも、せっかくジョルジュ殿下がくれるんだからと私は美味しくアップルパイを頂いたのだ。
「それでは皆様、宴もたけなわですが、ここで学園長よりお言葉を賜りたいと思います」
私が食べている時に数学のシュトラウス先生が話し出した。
今日はシュトラウス先生が司会だった。
そこから学園長が壇上に上ってなんかつまらないお話をし出した。
私はその間にジョルジュのアップルパイを堪能したのだ。
確かゲームでは学園長の挨拶の後のエミールの挨拶の時に断罪シーンが始まるのだ。
さすがの私もこれからのことを思うと食欲が失せ無かった……だって、こんな美味しいものを食べられるのも今が最後かもしれないんだから……
「では次は生徒会副会長の王太子殿下からお言葉を賜ります」
本来は生徒会長のお兄様が話すところが、エミールが話すらしい。
ということは、絶対に婚約破棄に違いない。
私は覚悟を決めた。
「アニエス・ボラック男爵令嬢、壇上へ」
「えっ、私ですか」
アニエスが喜んで壇上に上った。
「何で聖女が呼ばれるんだ?」
「それはアニエス様がエミール様の婚約者になるからに違いないわ」
「いやでも、殿下の婚約者はクラリス嬢だろう」
「おかしいんじゃないか」
「どう見ても聖女様の方が殿下の婚約者にはふさわしいわよ」
皆好き勝手なことを話し出した。
「殿下、来ました」
喜々としてエミールに抱きつきそうなほどアニエスが近付いた。
「アニエス嬢。近いぞ。皆の前だ」
エミールが怒って言うと
「まあ、殿下ったら照れられて」
そのまま抱きつきそうな勢いでいるアニエスに
「ゴホンゴホン」
ロッテンマイエル先生が咳払いをした。
慌てて一定の距離をアニエスが取った。
さすがに幾らアニエスが怖いもの知らずとはいえ学習はするみたいだ。
私はエミールに言われることを覚悟したのだ。
「クラリス嬢。何があっても私が守るから」
「それは俺の台詞だ」
マクシムとジョルジュが申し出てくれて驚いた。
「いえ、大丈夫ですから」
でも、あまり知らない人に助けてもらっても、その人が王太子から被害を受けるのは私の良心が痛んだ。
王弟殿下の息子にしても隣国の伯爵令息にしてもこの国の王太子との関係が悪くなるのは良くないだろう。
「今日は学園のサマーパーティーだが、諸君の保護者の方々も多数お集まり頂いていると思う。
私はその皆さんに報告することがある」
私は固唾を飲んだ。
ついに婚約破棄の時が来たのだ。
その言葉を聞いた途端に、マクシムとジョルジュが私を庇って私の前に立ってくれたんだけど。
「ええい、退け、俺がクラリス嬢を守る」
「何を言う、クラリス嬢は私が守る」
二人して私を取り合いしだしたんだけど、なんで地味で内気でエミールによると何の面白みもない私を巡って隣国の伯爵令息と王弟殿下の息子が取り合いを始めたんだろう?
私は全く判らなかった。
これは何かの茶番なんだろうか?
私を逃さないために、二人はそう言い合っているのかもしれない。
私が2人を少し警戒した時だ。
「ええい、そこのお前ら。俺のクラリスに近付くな!」
「「「えっ?」」」
壇上から私に向けられた大声に私達は驚いた。
私達はエミールの言うことが理解出来なかった。
俺のクラリスって今まで散々アニエスと仲良くしていたエミールが何を言ってくれるの?
でも、何故かエミールはずんずん私の前に来るとジョルジュとマクシムを退けて私の手を掴んでくれた。
「おい、エミール、何をするんだ!」
「そうだ。クラリス嬢に酷い事をするのは許さんぞ!」
ジョルジュとマクシムが私を守ろうとしてくれたが、
「ええい、煩い! 俺の婚約者はクラリスだ。婚約者でもないお前らが近付くな」
そう叫ぶと私の手を握ってずんずん壇上に歩いてくれたのだ。
そして、そのままその壇上に上げてくれた。
その私を見てアニエスがニヤリと笑ってくれた。
私は失敗したのに気付いた。
あのままあそこにいればマクシムとジョルジュに守られたのに、ここからではすぐには助けを呼べない。
壇上の周りにはアニエスの取り巻きとエミールの側近達といつの間にエミールの護衛騎士達に囲まれてしまったのだ。
私は絶体絶命の危機に陥った。
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