婚約者は何故か婚約破棄せずに見逃してくれましたけれど、その後で殺気を感じて見たらこちらを睨んでいました
「何事だ!」
えっ!
私はエミールの氷のように冷たい声を聞いて、ついに婚約破棄、断罪の時が来たのを知ったのだ。
ついに恐れていたこの時が来た。
今まで精一杯回避しようとしていたこの時がきてしまったのだ。
冷たい視線が私に突き刺さって……いや、違う。
この視線は私が初めてエミールに会った時に転けた私を馬鹿にしたように見ていた視線だ!
こいつ最後まで私を馬鹿にしている!
「エミール様! クラリス様に『あなたは生意気よ』と言われてグレープジュースをぶっかけられたのです」
アニエスの黄色い声が響いた。
確かにジュースをアニエスにぶっかける事が出来て喜んだのは事実だが、わざとやったのではないのに!
アニエスしか見ていないエミールは私がわざとやったと思うんだろう……
いや、違う! エミールは私が良く転けるのを知っている。今回はそれに加えてクロエに足を引っかけられてこかされたんだけど……
でも、エミールはわざとやっていないと判ってもそう言って婚約破棄するつもりなのだ。
それを証拠に目で笑いながら、アニエスに抱きつかれて……喜んでいる。
そう、こいつはアニエスに抱きつかれて喜んでいるんだ。
やっぱりエミールは胸がでかい方が良いようだ。
それにこの前みたいなスタンピードがあったから、やっぱり私みたいな地味女じゃなくて、聖女を取ることにしたようだ。
ついでに私を笑いものにするつもりみたい。婚約の時の我が家の想い出の花を何度も握って私が転けるところを再生して喜んだ時みたいに!
考えたら私はその時からエミールのお笑い要員だった……
今まで私も婚約破棄されないようにいろいろやってきたけれど、その努力も水の泡だ。
というか、こいつはそれをニヤニヤ笑いながら見ていたのか?
私がお笑い要員だから!
私はムカムカしてきた。
「クラリス!」
エミールがそう叫ぶとつかつか近付いてきた。
私はむっとしてエミールを睨み付けた。
来るなら来いって感じだった。
でも、エミールは歩いてくると、
「ヒール」
といって私の体にヒールをかけると私を起こしてくれたのだ。
えっ、
こいつ何しているんだ?
私は一瞬エミールのしていることが理解できなかった。
それは隣でついてきたアニエスも同じだったみたいで目を見張っていた。
更に、エミールはその後胸からハンカチを取り出して汚れた私の顔を拭いてくれたのだんだけど。
婚約破棄を突きつけるんじゃないの?
私には理解できなかった。
「クラリス、歩く時は気をつけろっていつも言っているだろう」
そう言うと、とても甘い笑みで私を見てくるんだけど……
でも、それを婚約者以外の女にはみ出た乳を押しつけられて婚約者がする笑みか?
私はエミールが何をしたいのか判らなかった。
「エミール様。私、クラリスさんにジュースをかけられたんですけど」
アニエスが胸をエミールの腕に押しつけて再度文句を言い出した。
「アニエス、何を言っているんだ。クラリスは普通に歩いていても転ぶんだ。クラリスがジュースを持って歩いていたら、避けるのが当たり前だろう。何故、近寄って行ったんだ?」
エミールは私を庇うように話してくれたつもりかもしれないけれど……
「何を言われますの! 私も転けずに歩けますわ!」
私はむっとして言い返したのだ。
「ちょっと、クラリスさん。あなたアニエス様にジュースをかけながら」
クロエが私に文句を言おうとした。
「クロエ嬢!」
そこに氷のようなエミールの声が響いたのだ。
「ヒィィィィ」
思わずクロエがびびるほどの。
「今のはクラリスの前にいたアニエスが悪いんだよ」
エミールが私を庇ってくれるんだけど……
何故だ? ゲームならここで婚約破棄の言葉が続くはずなのに!
「クラリス!」
そこにお兄様達が慌てて近付いてきた。
「大丈夫だったか」
お兄様がアニエス等をにらみつけて私に聞いてくる。
「ええ、私は」
アニエスは紫色だけど……
「アニエス嬢。別室で服をきれいにすれば良いだろう。浄化の魔術の応用で出来るはずだ」
「はい……」
エミールの言葉に納得いかない様子だったが、取りあえず、アニエスは取り巻きに連れられて教室の方に歩いて行った。
「クラリス」
何故かその後にエミールが私に話し出そうとしたんだけど……
「エミール!」
隣にやってきたバジルが首を振っているんだけど、何をしているんだろう?
まだ早いあの合図か?
「さあ、クラリス、あちらに行こう」
私はお兄様達に囲まれてそのまま、エミールの前から離されたのだ。
「少しくらい話しても良いだろう」
「駄目です」
遠くでエミールとバジルが言い合う姿が見えたけれど、私はよく判らなかった。
まあ、ゲームでは婚約破棄イベントはパーティーの終盤だったはずだ。
私はお兄様達に食べ物を取ってきてもらってそれを食べ出した。
「クラリス嬢。デザートだよ」
何故かマクシムがイチゴのショートケーキを持ってきてくれたんだけど、王宮以外でもイチゴが採れるのか?
何でもマクシムの本国から送ってきたそうだ。
マクシムの国はイチゴが採れるらしい。
私はそれを聞いて、王太后様が何かあったら祖国の王太子を紹介してくれると言っていたことを思いだしていた。確か王太后様とマクシムは同じ国だったはずだ。
最悪、紹介してもらっても良いかもしれない。
私の中でゴンドワナ王国の価値が爆上がりした瞬間だった。
なんか視線を感じてそちらを見るとエミールがこちらを睨み付けているんだけど……
あれは怒り狂っている。
そんなに私が憎いなら、何故さっき婚約破棄断罪しなかったんだろう?
私はますます判らなくなった。
王太子の睨んでいた先は?
今夜更新予定です。
本当の山場です