婚約者の行いにショックを受けた私を馬鹿にした聖女に、友人が切れてつかみかかってくれて大変なことになりました
試験のシーズンがやってきた。
「クラリス様。ここの訳はどうなっていますの?」
ルイーズが古語の訳について聞いてきた。
「ああそこはね……」
私はルイーズに意味を教える。
「クラリス。この意味は?」
横で今度はゴンドワナ語の意味をフェリシーが聞いてきた。
「それはエイブラムはアドリエンヌの肩を抱いて愛を囁いたよ」
私は答えていた。
「ああ、そうなのね」
フェリシーが書き写す。
「フェリシーさん。もう課題、そこまで読まれましたの?」
ルイーズが慌てて聞いていた。
「だって、私、ゴンドワナ語は苦手で。今度は何としても点数を取らないといけないのよ」
「そうなのですね。でも、このお話って凄いですわね。王太后様の恋物語なんでしょ。めちゃくちゃロマンチックですわ」
「そうよね。私が初めて読んだ時は本当に感動したわ」
私達は図書館でフェリシー等、学友と一緒に勉強するなんてことを、生まれて初めて、いや前世も含めて初めて体験していたのだ。
私は前世では内気で引っ込み思案だったので、皆とテスト勉強なんてしたことなかった。だから、本当に私は楽しかったのだ。
他の皆は死にもの狂いで勉強していたんだけど、私は元々試験範囲の大半は前世の知識と古語のチート能力とここまでのお妃教育で余裕だった。
でも、この試験が終わったら、サマーパーティーで私は婚約破棄されて断罪される予定だ。下手したら友達達も巻き込まれるかもしれない。
出来たら、私は彼女らから離れた方が良いのだとは思う。
でも、前世で友達なんてほとんどいなかったから、私は今がとても楽しかった。
少しくらい、私が楽しんでも良いはずだ。
でも、それが原因で、お友達が危険にさらされたり、家が没落するのは嫌だ。
だから、エミールとアニエスがこの友達を危険にさらそうとするのならば、私も反撃する必要があった。
物理攻撃を仕掛けてくることは無いと思うけれど、最悪破落戸を使って攻撃してくるかもしれない。
騎士達が捕まえる時に私の友達に剣を向けてくるかもしれないし……
私はまず、カンダベル先生に私でも出来る反撃方法を聞きに行ったのだ。
「いや、あの、クラリスさん。あなたは基本的に未来の王妃様なんですから、我々に守られていたら良いんです」
当初はぎょっとした顔をしてカンダベル先生は断ってくれた。
「下手したら王都が壊滅する危険性がありますから……」
私に聞こえないように何かブツブツ呟いているんだけど……
でも、そんなことでいざという時に一緒にいる友達を傷つけられたら嫌だ。
私はカンダベル先生のところにしつこいくらいにお百度参りをした。
「いや、あの、クラリスさん。頼むから止めて下さい」
寮に早朝に突撃したら、カンダベル先生はまだ寝ていた。寝起きのカンダベル先生の頭の回っていないうちに、教えると約束してもらったのだ。
それを盾に学園で教えろと迫ったら、
「しかし、王都の平和が……」
とか訳のわからない理由で約束を守ろうとしないので、
「なら、毎朝頼みに行きます」
と言いきると
「それは止めてください。絶対に緊急時以外は絶対に使わないで下さいよ」
と何度も念押ししつつ、仕方なしに教えてくれたのだ。
試験が迫ってきた。ということはパーティーが近付いてきたのだ。
私はパーティーには誰と行こうか悩んでいた。
学園のサマーパーティーは婚約者がいれば婚約者と行くのが普通なのに、早々にエミールからは一緒に行けないと延々と十ページにわたる言い訳の手紙が送られてきたのだ。
私は最初の一緒に行けないの文字を見て、そのままゴミ箱に捨てたけど……
今まで楽しかったエミールとの思い出も一緒に捨てたみたいな感じになった。
やっぱり婚約破棄されて断罪されるんだと思ったら、とても悲しくなって泣いてしまった。
その日は泣き疲れて夕食も食べられなかった。
翌朝、少しはらした目で学園に行ったらクラスの皆に取り囲まれて、皆慰めてくれたのだ。
アニエス達以外は……まあ、その取り巻きが過半を占めるからクラスの多くは違ったけれど……
「ああら、クラリスさん。どうしたのかしら。それでなくても地味なお顔が、目に隈作ってますます醜くなっていますわ」
アニエスの奴は今までの恨み辛みを全てぶつけてくれたみたいだ。
そう言って笑ってくれたのだ。
でも、私の横でブチリと何かが切れる音を聞いたのだ。
「おのれ淫乱聖女、もう許さないわ」
そう叫ぶと何とフェリシーがなんとそのままアニエスに突進していったのだ。
いや、ここは由緒正しい王立学園で、田舎の学校じゃ無いんだから、まさか伯爵令嬢のフェリシーがとっとつかみに行くなんて思ってもいなかったのだ。
「キャーーーー」
アニエスの悲鳴が聞こえて、次の瞬間、フェリシーはアニエスに馬乗りになっていたのだ。
「ちょっと止めろよ」
アニエスの取り巻きの男達が止めようとしたみたいだった。
「キャッ」
フェリシーが強引にフェリスに引き剥がされていた。
「フェリス、怖かったわ」
アニエスが助けたフェリスに抱きついていた。
フェリシーが引き剥がされたが、腕を押さえていた。
「フェリシー、大丈夫」
私は慌ててフェリシーに駆け寄った。
「いきなり飛びかかるってそれでも淑女のやる事かよ」
フェリスはフェリシーを睨み付けてアニエスを庇って言ってくれた。
でも、その言葉に私は完全に切れていたのだ。
「ちょっとフェリスさん。あなた、今、フェリシーに暴力振るったわね」
「えっ、暴力?」
きょとんとフェリスはしてくれた。
「はああああ、なんて顔しているの? 女のフェリシーに今つかみかかったじゃ無い!」
「いや、俺はアニエス様を守ろうとしただけで」
「そうよ。フェリスさんはアニエス様を守ろうとした立派な騎士よ」
「その横暴な女を止めようとしてくれただけですわ」
フェリスの言い訳に取り巻き達が騒ぎ立てるが、
「何が騎士よ。騎士だったら死んでも女に暴力なんて振るわないわ」
私は言い切ってやったのだ。
もう、聖女だろうが、断罪だろうが、関係無かった。私の友人が暴力を振るわれたのだ。
「いや、俺はアニエス様を守ろうとしただけで」
「ふうん。学園は平等のはずよ。あなたのお父様の騎士団長はアニエスさんを守れと言ったのね」
私の言葉にぎょっとした顔をフェリスはしたけれど、謝ってこなかったのだ。
「授業は始まっていますよ」
そこに歴史の先生が入ってきて皆慌てて解散した。
でも、私ははらわたが煮えくり返っていた。
確かに先につかみかかったフェリシーが悪いとは思ったけれど、それに何故騎士志望のフェリスが出てきてフェリシーに暴力を振るうのだ?
確かにアニエスは聖女だが、学園では護衛対象でも何でも無いはずだ。
私は男なのに女の戦いに入ってきて暴力を振るったフェリスを許す気はなかった。
そして、怒りにまかせて、騎士団長に苦情の手紙を書いてやったのだ。
でも、少し考えなしにやり過ぎたみたいだった。
その日の夜に顔をボコボコに腫らせたフェリスが騎士団長に連れられて謝りに来るなんて予想もしていなかったのだ。