礼儀作法の授業では先生に虐められるのは私ではなくて聖女でした
数学のシュトラウス先生が帰っていったので、これ幸いとバルバラ達は外に飛び出していった。
「エミール様。大丈夫ですか?」
アニエスがエミールに抱きついているのが見える。
その周りでバルバラらもキャーキャー言っているんだけど……
ボキッ
私の握りしめた鉛筆があっさりと二つに折れていた。
それを見て、私を心配して近づこうとしていたマクシムが目を見開いて歩みを止めてくれた。
「まあ、どうしたんでしょう」
私は愛想笑いをして、慌てて鉛筆を筆入れの中に取りあえずいれたのだ。
「大丈夫ですか? エミール様。本当にクラリスさんは馬鹿力ですわね」
エミールに抱きついているアニエスの言葉に私は今度は思わず筆入れを折りそうになった。
「ええい、離れろ!」
やっと話せるようになったエミールがアニエスをどけようとして、二人してじゃれ合っている。
「そこの二人、何をしているのですか?」
そこにまた、ロッテンマイエル先生がやってきたのだ。
「いや、先生、これには訳が」
「エミール様が抱きついてこられたんです」
「んなわけあるか!」
「いい加減になさい! あなた方は先程も叱責したところではないですか! 一体どういう了見なのですか?」
言い合う二人を激怒したロッテンマイエル先生が職員室に連行していった。
結局アニエスは次の歴史の授業の時間も帰ってこなかった。
4時間目は礼儀作法の授業だった。
なんとその時間になってロッテンマイエル先生はアニエスと一緒に教室に入ってきたのだ。
「良いですね。アニエスさん。王太子殿下には二度と抱きついたりしてはなりませんよ。それと名前呼びも絶対に止めるようにするのですよ」
入り口でロッテンマイエル先生は再度アニエスに注意していた。
「判りました」
おおおお!
一応アニエスがちゃんと頷いている。
絶対に守らないと思うけれど……
だけど、アニエスが席につく前に口パクしてくれた。
「エミール様はもらったわ」
と私は読めたのだが違ったのだろうか?
まあ、元々、私も学園が始まったらエミールはアニエスに心変わりすると思ってはいたのだ。
エミールが否定するからそうかなと思ったけれど、最悪覚悟は出来ているのだ。
それよりもロッテンマイエル先生の授業の方が私は頭は痛かった。
絶対に昔のことを根に持ってくれているはずだ。
「皆さん。この学園の礼儀作法師範のロッテンマイエルです。私は王太后様からこの学園の生徒に対して、世の中に出てもちゃんとやっていけるように指導するように、命じられて王宮から赴任しました。
以来10年、幾多の生徒達を世に送り出しています。特にこのAクラスは高位貴族の方々が揃っています。すなわち未来のこの国を背負って立つ人材が揃っているのです。このクラスは特にビシバシとやっていくつもりなので、そのつもりで」
最初から最悪の予感がするのは私だけだろうか?
ロッテンマイエル先生は都合の良いように王太后様の命令を使っているみたいだ。
私はしごかれて、泣きそうになる未来しか見えなかった。
「では、クラリスさん」
来た! 私はビクッとした。
ついにお礼参りされる時が来たのだ。
今までは優しいステーシー先生だったから私にも甘かったけれど、絶対にロッテンマイエル先生は恨み辛みがあるはずだ。
「まずは普通の礼をしてみてください」
私は気を付けの姿勢からゆっくりと礼をした。
そして、顔を上げる。
さあ、何度違うとか頭を上げるスピードが早すぎるとか、早速注意が飛んでくるはずだ。
「うーん。子供の頃に比べれば上達しましたね」
何故か笑みを浮かべてロッテンマイエル先生が褒めてくれたのだ。
おかしい!
大雪にならないと良いけれど……
いや、甘い。これは次に怒る時の常套手段だ。最初に褒めて安心しきったところを狙い撃ちで指導してくるのだ。
私は次の叱責を待ったが、何も来なかった。
信じられなかった。
ひょっとして私はこの10年間で礼儀作法も上達したんだろうか?
さすがステーシー先生だ。
でも、皆が礼をしてみてそれは違うと理解できた。
「では、皆さんでクラリスさんのように礼をしてみましょう」
「はいっ」
私は大きな声で返事した。
「そうです。クラリスさん。その返事は素晴らしいです。皆さんも大きな声で返事してくださいね」
「「「はい!」」」
今度は全員が返事してくれた。
「では、まず、気を付け」
ロッテンマイエル先生が言う。
伯爵以上の高位貴族はさすがにきちんと出来ていた。
でも、子爵と特に男爵のアニエスが酷い。
そう、私が褒められた理由は他が酷すぎたからだ。いくらロッテンマイエル先生が私を虐めたいと思っても、それ以上に酷すぎる面々がいれば私を虐める訳には行かなかったのだ。
特にアニエスが酷すぎた。
「アニエスさん。手は体の横に。ぴしりと伸ばして」
アニエスが慌ててやろうとするが、
「顎を引いて、手をもう少しピシッと伸ばす」
ロッテンマイエル先生はアニエスの横に立った。
「もう少し顎を上げて、上げすぎです。下ろして、指は伸ばしたまま、おなかをへこませて」
「ええええ、難しいです」
「返事はハイです」
「はい!」
ロッテンマイエル先生の前ではさすがのエミールも言われた通りにしていた。
「では皆さん、礼!」
ロッテンマイエル先生の号令の元に私達は頭を下げた。
「アニエスさん。早すぎです。もう一度」
「また、ですか」
「返事はハイだけ!」
「はい!」
アニエスは私の代わりにロッテンマイエル先生の集中攻撃を受けていた。
私はそれを見て、少しだけ、いい気味だとほくそ笑んだのだ。
でも、それがいけなかった。
「ちょっと、クラリスさん。あなた、アニエス様がロッテンマイエル先生に虐めらている時に、笑っていたでしょう」
授業が終わると同時にバルバラが私に絡んできたのだ。
「私も見ましたわ。さすがに酷いのではありません事」
クロエも批判してくれた。
「まあ、皆様。クラリスさんはエミール様を私に取られて少しやさぐれた気持ちになっておられるのですわ。そこは大目に見て差し上げないと」
だが、なんと、アニエスが余裕の表情で言ってくれた。
「まあ、私の豊満な胸と比べるとクラリスさんは胸が真っ平らですからね。エミール様も私と比べてどちらが良いか考えられたのですわ」
私を蔑むようにアニエスが言ってくれた。
私はピキッと切れたのだ。
「それに、エミール様は私の胸を揉む時、とても喜んでいらっしゃいましたわ」
そのアニエスの言葉は私の貴族としてのプライドをズタズタにしてくれた。
「そうですわ。こうしてはいられませんわ。お昼の時間に、また、エミール様をこのクラリスさんには無い胸でお慰めしなくては」
そう私に聞こえるように大きな声で叫ぶと、慌ててアニエスは取り巻き達を引き連れて出ていったのだ。
完全にぷっつん切れた私を残して……
私にはアニエスの豊満な胸を揉んで喜んでいるエミールの姿が簡単に想像できた。
バキッ
何故か鉛筆がもう一本真っ二つに折れていたのだ。
ここまで読んで頂いてありがとうございました
果たしてエミールはクラリスに許してもらえるのか?
続きは明日です。
お楽しみに。
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