王立学園の入学前に王太子の胸で泣いて最後のお別れをしました
それから10年が経った。
そして、明日は王立学園の入学式だ。
そう、ついに明日からゲームが始まるのだ。
礼儀作法の先生がステーシー先生に代わり、午後の1時間だけになって私はとても嬉しかった。
授業内容も、午前は歴史と国内の地理や領地の勉強、そして海外の地理歴史、それと魔術の4時間だった。午後は1時間のステーシー先生の礼儀作法マナーの時間と外国語だった。
その後は自由時間で、私は図書館で本を読んだり、王太后様とお茶をしたりして過ごした。
皆は王太后様を恐れているけれど、私にはとても優しいおばあちゃんで、私は午後の時間の多くを王太后様と過ごしたのだ。
婚約者のエミールは、たまにお昼とか一緒に食べてくれた。その時はいつも大体不機嫌そうで、無理して参加しているのは見え見えだった。そんなに嫌なら来なければ良いのに、とは思うのだが、国王夫妻に婚約者なんだからたまに一緒にいるように言われてきているようだった。
そんな風だから、学園でエミールがヒロインと出会ったら、どう考えても私が振られる未来しか見えない。私は女神様に言われたように悪役令嬢をやる気は無いので、エミールとヒロインが仲良くなったら即座に身を引こうと心に決めていた。
それに王妃様にも言われたのだ。
「クラリス。判っていると思うけれど王立学園では婚約者と言ってもエミールを頼ってはいけませんよ。自分の力でやっていくのです。エミールには右も左も判らない聖女の面倒を見るように伝えてありますから。あなたもできる限り聖女の面倒を見てあげてね」
王家としても私がエミールの婚約者でいるよりも、聖女と婚約してくれた方が良いのだと思う。
じゃあ最初からそうしろよ! と私は言いたかった。
尤もその時は聖女はまだ力が発現していなかったけれど……
それに、聖女が現れたのは100年ぶりという話だった。その時の聖女は確か王妃になったはずだ。王家としては王太子の婚約者は地味な公爵令嬢の私よりも、めったに出ない聖女の方が良いに決まっているのだ。それに聖女の方が私よりもかわいらしくて胸もあるし……
私にはエミールと聖女が仲良くなって捨てられる未来しか見えなかった。
「エミール様。もし、他に好きな女の子が出来たらすぐにおっしゃってくださいね。すぐに婚約破棄には応じますから」
私は前もってきちんとエミールに伝えておいたのだ。
「なんだ。クラリス。そんなに俺といるのが嫌なのか?」
エミールはいつも不機嫌なくせに、こういう時に更に不機嫌になるのは止めてほしかった。
「そんなことないですよ。ただ、王立学園に入学したら私より魅力的な女の子に出会えるかも知れませんからね」
私はエミールのためを思って言っているのに!
「俺は絶対に婚約破棄なんてしないからな!」
エミールはそう言うと私を睨み付けてくるんだけど……なんで?
いやいや、あなたが聖女に惹かれて私を婚約破棄、断罪しようとするんでしょ!
私はそれを防ぎたいだけなのに……
まあ、私が悪役令嬢になっていないから、未来が変わっている可能性もあるけれど……
「ところでクラリス、その黒縁眼鏡はどうしたんだ?」
エミールが私の地味な黒縁眼鏡を指さして聞いてきた。
「えっ、この眼鏡かけていたら知的に見えるでしょ?」
私は言ってみた。お前は見た目がお馬鹿に見えるから、そんな眼鏡かけても一緒だとか言いそうだと思ってエミールを見たら、
「えっ、いや、お前はそのままでも十分に知的に見えるけれど……そんな眼鏡していたら、地味な顔になるから止めておいた方が……いや待てよ。クラリスが地味に見えた方が、学園に入っても男どもが寄って来ないから良いのか? 素顔のクラリスは女神のようにきれいだからこのままではまずいと思っていたからな……」
エミールがぼそぼそ一人で呟きだした後半の言葉は私にはよく聞こえなかった。どのみち、見た目は地味なお前が眼鏡かけても変わらないとかなんとか言ったに違いない。
まあ、私としては悪役令嬢として目立つよりも、この地味な眼鏡をかけて物静かな地味令嬢としてクラスの中に溶け込もうと思ったのだ。
私は一年前に聖女が発見されたという報告は受けていた。
デジレから教えてもらった時は、ついにその時が来たのかと思ったのだ。
教会の大聖堂に密かに潜り込んで、聖女を見たら、ゲームのアニエスそっくりだった。
ピンク色の髪をたなびかせた緑色の瞳の少女が大きな胸を突き出して皆に祝福を与えていたのだ。地味な私と違ってとても可愛い子だった。
あの子にエミールが取られるのかと思うと少し悲しかったのは秘密だ。一応エミールは私と会う時はいつも不機嫌だったけれど、10年間婚約者だったので、私なりに情はわいていた。見た目はとても凜々しかったし、黙っていれば本当に見る分には好みだった。いつも私には不機嫌だったのがあれだけど。そんなに婚約者を気に入らないのなら、私を婚約者にしなければ良かったのに!
まあ、元々私はお笑い要員だったけれど……
でも、私がエミールに固執して聖女を虐めたら、我がロワール公爵家が没落してしまうかもしれないのだ。ここは私が自ら身を引いた方が良いだろう。
せっかくエミールとも少しは仲良くなれたのに……
王太后様にも良くしてもらったし、陛下も王妃様ともやっと慣れたと思ったのに。
そう思うと悲しかった。
「おい、どうしたんだ、クラリス?」
エミールが私を見て目を見開いた。
「えっ、どうしたって別に何も」
「いや、目から涙が流れているぞ」
私はエミールに指摘されて初めて涙していることを気付いた。
「えっ、嘘?」
私は慌てて涙を手で拭った。
「ど、どうしたんだよ。俺はそんな酷い事を言ったか?」
エミールがめちゃくちゃ動揺していた。
「いや、別に、ここに来るのももう終わりだなと思ったら、急に涙が出てきただけで」
「何言っているんだ。学園に行っている3年間は学園を優先するだけで、その3年間が終わればお前もここに住むことになるだろう」
そう言うとエミールは真っ赤になってくれた。
「えっ?」
私は一瞬エミールが何を言っているか判らなかった。
「学園卒業したら結婚だろう」
少し怒ってエミールが言ってくれたんだけど。
「いや、でも」
「お前がなんと言おうと俺達は婚約しているんだからな。絶対に結婚だからな」
そう言うとエミールは明後日の方を見てくれた。
そして、手を差し出してくれたんだけど……
「えっ、何?」
「ハンカチだ。これで顔を拭け」
私にハンカチを渡してくれた。
「ありがとう。エミール様。優しいのね」
私はこんなことエミールにしてもらったことなかったからとても嬉しかった。そのエミールが私じゃ無くてヒロインのものになると思うと、ますます涙が止まらなくなった。
「おい、クラリス、大丈夫か?」
そう言ってエミールが私を半分抱いて背中をトントンしてくれたんだけど。
ええええ! こんな恋人みたいなことしてくれたことが無いのに!
私は思わずエミールの胸の中で号泣してしまったのだ。
狼狽するエミールが珍しくて更に泣いてしまった。
だって学園ではエミールとはこんな風に親しくしてはいけないのだ。あまり頼るなって王妃様にも言われたし……
王妃様はこんな私を見たらはしたないと怒るかもしれないけれど……
いいよね。10年間婚約者だったんだから、最後くらいエミールの胸の中で泣いても。
私は気が済むまでエミールの胸の中で泣いて最後のお別れをしたのだった。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
涙が止まらなかったクラリスでした。
ついに学園が開始されます。
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