プロローグ 今まさに婚約者に断罪されようとしています
幾多の物語の中から私のこのお話選んで頂いてありがとうございます。
「あっ!」
その瞬間、私は思わず叫んでいた。
またやってしまった!
誰かの足に引っかかって、よろけて、そのまま手に持っていたグレープジュースを目の前のアニエスにぶちまけてしまったのだ。
女神様が見ていたらよくやったって褒められそうだけど……
そして、そのまま私は地面へと激突してしまった。かろうじて片手をついたので、少しは衝撃を防げたと思うけど、顔面に衝撃が……下手したらまた眼鏡が割れてしまったかもしれない。
「キャーーーー!」
でも、私以上にグレープジュースをぶっかけられたアニエスは大声で悲鳴を上げてくれた。
「何事だ!」
そこに、氷のように冷たい声が響いた。
私の婚約者でこの国の王太子のエミールの声だ。
「エミール様! クラリス様に『あなたは生意気よ』と言われてグレープジュースをぶっかけられたのです」
そう言ってアニエスがエミールに抱きついたのだ。でかい胸を胸のない私に当てこするようにエミールの腕に擦り付けながら。私はこの瞬間、婚約破棄のイベントのシーンに突入したことを思い知らされた。
今日は王立学園のサマーパーティーの日だった。一学期のテストも終わって、皆、はしゃいでいた。
でも、クラスでぼっちな私はその輪の中に入れなくて、一人さみしく食事がおいてあるコーナーにいたのだ。
黒目黒髪で大きな黒ぶちめがねをしている私は王立学園の中ではもとても地味だった。皆の中にいたら確実に埋没してしまっただろう。
でも、こう見えて、私、クラリス・ロワールは一応はこの国では王族に次いで地位の高い公爵令嬢なのだ。
一応……でも、基本的に王立学園は学生の間は身分は皆平等なので、私が公爵令嬢でも全く関係無い。
そして、私のAクラスには、今は教会から聖女に認定された桃色の髪が目立つアニエス・ポラック男爵令嬢がいた。彼女は大人しい私とは違って、とても明るくて活発的でたちまちクラスの人気者になっていた。彼女はクラスの取り巻きを連れていつも学園内を闊歩していた。そして、何故か私に絡んでくることが多いのだ。
「まあ、地味なクラリス様ではありませんか。今日もあまりにも地味なお姿なので、いらっしゃるのが判りませんでしたわ」から始まって
「エミール様もおかわいそうです。あなたのような見た目も地味な方が婚約者で、昔決められた婚約ですから止められないと嘆いていらっしゃいましたわ」になり、
「いい加減にエミール様を解放して差し上げたらいかがですの」
と取り巻きも含めて主張してくるので私は苦手だった。
そして、気弱な私はそんなアニエスと近づきたくなくて、今日もこちらに来ようとしたアニエス達に気付いて、逃げ出そうとしたところを囲まれて、こうなってしまったのだ。
そして、これは多少内容が違ったが、ゲーム『ピンクの髪の聖女』のイベントの断罪シーンの始まりそのままだった。
悪役令嬢のクラリスが聖女のアニエスを虐めてジュースをぶっかけたところに婚約者のエミールが現れて、クラリスに婚約破棄を言い渡して断罪するシーンなのだ。
結局こうなってしまった!
このままうまくいけば、断罪はされないと私は少し安心していたのに!
私はこれまでの経緯を走馬灯のように思い出していた。
前世、私は山田さくらとして日本という国で生きていた。前世でも大人しくて気弱な性格は変わらず、学校でも、よく虐められていた。高校を出て就職した企業がブラックで、毎日終電間際まで残業があっても、よく土日に休日出勤させられても、文句も言わず真面目に働いていたのだ。好きな本もゲームもほとんど出来なかった。ただ、当時唯一嵌まっていたゲームが『ピンクの髪の聖女』という乙女ゲームで、残業が早く終わった時とかに必死にやっていた。ゲームは可愛いヒロインの聖女アニエスが悪役令嬢のクラリスとその取り巻きに囲まれて、ありとあらゆる虐めを受けるなか、王太子のエミールと仲良くなっていくストーリーだ。最後は悪役令嬢が断罪されてアニエスはエミールとハッピーエンドになるゲームだった。
ただ、根暗で真面目な私は中々ハッピーエンドに行けずに、何回挑戦しても、悪役令嬢のクラリスの虐めの凄惨さに耐えきれずに自殺してしまうのだ。
最後のクラリスの高笑いしか頭に残っていないんだけど……。
でも、何百回も挑戦して、やっとこのサマーパーティーでエミールにすがりついてクラリスを断罪してもらったのだ。これでエミール様と結ばれると思ったのに、なんと、帰り道でクラリスに雇われた破落戸どもに襲われて殺されてしまったのだ。
ええええ! そんなのないだろう! ここまでの私の苦労を返せ!
そう思ったら目眩がして、私は倒れて気を失ってしまった。いや、違う、仕事の過労とゲームのしすぎで睡眠時間を削ったことが原因で過労で死んでしまったのだ。
「わっはっはっはっは」
というゲームのクラリスの高笑いが倒れた私の頭の中に響いていた。
次に気付いた私は真っ白い世界にいた。
今思うにそこはおそらく天国だったのではないかと思う。
私の目の前に金髪のとてもきれいなお姉さんが現れた。おそらく女神様か何かだったと思う。
「あなたは山田さくらさんね」
女神様が確認してきた。
「はい」
私が頷くと、
「あなた、異世界転生って知っている?」
女神様が質問してきた。
「はい、知ってますけれど」
私はそれはラノベで読んだことがあった。
「良かったわ。あなたは『ピンクの髪の聖女』というゲームは知っているわよね」
女神が更に尋ねてきた。
「はい」
私は頷いた。というか、そのゲームをしている時に私は死んでしまったのだ。
「その中の登場人物の一人がどうしても足りないの! お願い、やってくれない?」
女神様が頼んできたのだ。
女神様に頼まれたら気弱な私が断るという選択肢はなかった。
「まあ、良いですけど」
「良かった。本当に助かったわ」
女神様は心底喜んでくれた。
私は人助けが出来て少し嬉しかった。
「で、誰の役なんですか?」
出来れば、ヒロインをしたいと思って私は質問していた。
「ものすごく地位の高いご令嬢だわ」
愛想笑いをして女神様がヒントをくれた。
「地位の高い令嬢ですか?」
モブの伯爵令嬢が確かいたはずだ。
「もっと高いかな」
女神様はいろいろ書類を記載しながらヒントをくれた。
「えっ、もっとですか?」
「そう、主要登場人物よ。良かったわね。今までそんなメジャーな役をしたことないでしょ」
確かに私は学園祭の演劇の役は町人Aだった。
「王妃様ですか?」
そんな役できるんだろうか?
「惜しいけれど違うわ。そうよ。もうゲームが始まっているから5歳の時に高熱で倒れるところがあるからそこで良いわよね」
女神様が独り言でブツブツ呟いている。
「えっ、誰なのですか?」
私にはよく判らなかった。
「公爵令嬢のクラリスの役よ」
「えっ?」
そう言われた瞬間私の頭は真っ白になった。
死ぬ前の悪役令嬢のクラリスの高笑いが頭に響いた。
それで我に返ると、
「女神様。それは無理です」
「そんなこと言わずにお願い。もうあなたしかいないの」
女神様が拝み込んできた。
「でもそんな……私は気が弱いですし、クラリスみたいな酷い事できないです」
私は泣きそうになっていた。
「大丈夫よ。あなたなら出来るわ」
女神様が目をそらして言ってくれた。絶対に信じていない態度だ。女神様も実は出来ないと判っているみたいだった。
「そんな、大人しい私が悪役令嬢なんて出来る訳ないじゃないですか!」
「ごめん、誰もやりたい人がいなくて、ここ5年間ずうーっとやれる人を待っていたのよ」
「じゃあもう少し待ってください」
「もう限界なのよ。お願い」
女神様が私に頭を下げてくれたんだけど……
「大丈夫よ。あなたもいつまでも気弱な女じゃ大変でしょ。ここで変わらないと。思い切ってイメチェンに挑戦するべきよ。よし、これで時間あわせが終わったわ」
女神様は強引に話を進めているんだけど……
「いや、ちょっと、女神様」
「この役をちゃんとやったら次はヒロインに転生させてあげるから」
愛想笑いをしながら女神様が恩着せがましく言ってくれるんだけど、絶対に嘘だ。その時はまた適当な言い訳されそうな気がした。
「いや、でも、私、悪役令嬢のクラリスなんて絶対に出来ないんですけど」
「大丈夫よ。誰でも変わろうと思えば変われるんだから。注意しておくけれど、ゲームと違うように行動しようと動いてもゲーム補正があるから無理よ。判っているわよね。あなたのためを思うなら絶対にゲームに忠実に行動してね」
女神様が念押ししてくれるんだけど、絶対に無理だって!
「大丈夫、私も時々アドヴァイスしてあげるから。じゃあ頑張ってね」
「いや、あの」
私の言い訳も聞かずに次の瞬間私の周りは真っ白な雲に覆われてしまったのだ。
お忙しい中、ここまで読んで頂いてありがとうございます。
今日はこの後2話更新しようと思っています。
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