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ひとつなぎ

作者: 雉白書屋

「あれ……」 


 奇妙だ。朝、いつものようにコーヒーに少しミルクを入れ、かき混ぜようとスプーンを動かした。だが、スプーンがカップに張り付いているかのように微動だにしない。いや、『かのように』ではなく、実際に張り付いている。スプーンを持ち上げると、カップごと浮き上がった。

 インスタントコーヒーが溶けず、底に固まっているのかと思ったが、そうではないらしい。つけていたテレビからアナウンサーの声が耳に入った。


『今朝から、あらゆるものがまるで磁石のようにぴったりくっついて離れないという現象が、世界中で報告されています!』


 どうやら、これは私だけの問題ではないらしい。むしろ、自分は後発組のようだ。いったいこれはどういうことなのか……。と、思案する時間はない。仕事に遅れる。私は急いでシャワーを浴び、スーツに着替えて家を飛び出した。

 だが、外に出ると事態は私の想像を遥かに超えていた。仲が悪いと噂の近所の二軒の家が、文字通りぴったりくっついているではないか。その家の亭主たちも顔を寄せ合い、怒鳴り合いを繰り広げている。

 その喧騒にうんざりしたのか、猫が塀から飛び降りた。しかし、着地した瞬間に動かなくなった。どうやら足が地面とくっついてしまったようだ。ともすれば、落としたトーストはバターを塗った面が床にぴったりくっついて離れなくなるのだろうか。……いや、そんなことを考えている時間はない。私は急ぎ足で駅へ向かった。

 一体化している道路と車。電線の上でもがく鳥。いずれも気に留めず歩き続けたが、駅のホームに着いた瞬間、事態の異様さをまざまざと思い知らされた。

 停車している電車の中で、まるで芋虫の伸縮運動のように乗客たちが蠢いていたのだ。ホームは半狂乱の人々が逃げ惑い、ぶつかるたびにその場でくっついていく。

 私は人を避けようと、壁際に身を寄せた。しかし、気づくと指先同士もくっつき始めていた。


「おい、おいって! ぼさっとしてないで助けてくれ! あっ!」


 指を眺めていると、突然知らない男が私の手を掴んで助けを求めてきた。その瞬間、私たちの手はしっかりとくっついてしまった。引き剥がすことはできそうにない。そうこうしている間に、さらに他の人々ともぶつかり、体がくっついていく。

 どうすればいい……いや、どうしたのだろう。不思議なことに、焦燥感が次第に薄れていく。


 やがて私は自分の意識を保ったまま他人の感情や思考を共有するような奇妙な感覚に包まれた駅のホームの喧騒は徐々に収まっていくこの場にいる全員がこの一つの連鎖に組み込まれていくのだそれから私は自分の意識がまるで電流のように人々の間を駆け巡るのを感じた私は駅を出て外の大通りへと進んだ人々の肉体が溶け出しアメーバのように街全体に広がっていくそれにより行動範囲が広がり街中を自由に移動できるようになったまるで街全体が巨大な生き物と化したようだそして街同士が繋がり始めると街から街へさらには遠く離れた故郷にまで意識が到達したそれから程なくして国民全員が繋がると私の意識はまるで体内に張り巡らされた神経網のように高速で国中を自由に行き来できるようになった海外の人々とも繋がり始めた頃には私の意識は日本の薄暗い裏路地とニューヨークのタイムズスクエアに同時に存在できるようになっていた次第に人々は個々の意識を失い始め個人としての記憶や欲望は薄れていったそして地球全体を覆いつくしたその瞬間すべての人間の意識が一つに融合したこの新たな存在はもはや恐怖を感じることなくただ穏やかな気持ちで星々の輝きを見つめながら収縮していく宇宙の鼓動を感じるのであった。

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