逃亡者ブルッケン
俺は窓枠に足をかけた。
目の前の窓は、俺の体が何とか通り抜けられる程度に空いている。窓の向こうに広がる外の世界と青い空、そこから吹き込んでくる風のなんと心地よいことか。やっと自由のない生活と、その原因である奴から解放される時が来たのだ!俺はこれからの自由な日々を想像して興奮した。
そして勢いよく窓から身を躍らせた。
俺の名はブルッケン。この数年間、不幸にも俺は奴の屋敷に監禁され、自由のない生活を余儀なくされてきた。奴から受けた数々の屈辱的な扱いを思い出すと、今でも煮えたぎるような怒りと憎しみを感じる。
しかし今の俺は既に自由を手に入れた。これからは奴のことも、そこでの出来事も忘れ、自由気ままに生きていくのだ。
そう、俺は数日前に奴の屋敷の窓から逃げ出すことに成功したのだ。偶然にも窓が空いているのを発見した時、俺は生まれて初めて信じてもいない神に感謝した。
俺は、自由だ!
と、自由になったわが身を喜ぶのはここまでにして、俺はこれからの段取りを立てなければならない。奴は逃亡した俺を死に物狂いで探し出そうとするだろうし、俺はまだ奴のテリトリーである並木タウンにいる。もっと遠くまで逃げ切って初めて、俺は完全な自由を手に入れたと言い切れるのであり、まずは並木タウンから出なければならない。派手な行動は厳禁だ。うっかり奴に見つかって、またあのどん底生活に逆戻りだなんて死んでも御免だ。
奴の元から逃亡して4日が経った。俺はまだ並木タウンから抜け出すことができずにいる。逃亡した翌日に俺の手配書が出されたのだ。俺が思っていたより奴の対応は早く、今となってはタウン中が敵だと思っていいだろう。
俺は走るのは得意だが、奴らは妙な機械を使うことで俺の何十倍もの速度で走ることができる。急いで町を出て奴らに見つかっては、速度的に見ても最後は奴らに捕まってしまうだろう。
俺はしばらく潜伏し、ある程度事が収まった頃合いを見てタウンを出ることにした。
今の俺はモモという女の世話になっている。奴のもとを逃げ出したはいいが、食料の調達が上手くいかず行き倒れかけていた俺を救ったのがモモだ。
モモには少ないながらも仲間がおり、モモもその仲間も俺と同族である。俺が指名手配者だということは既に知っているようだが、俺を捕まえてどうこうする気もないようなので、敵ではないと思っていいだろう。
モモはおとなしい性格だが、雪のように美しい女だった。
俺はモモたちと食料を狩り、一晩中楽しく語り合い、夜が明ける頃に眠るという生活を送った。監禁生活をしていた頃からは考えられないほど充実した楽しい毎日。俺は逃亡中だというのに、そのことさえ忘れてしまいそうだった。そしてそんな生活の中で、気付いたら俺はモモに恋をしていた。
俺はモモにそれとなく一緒に逃てくれないかと言ってみた。一度欲しいと思ったら手に入れないと気が済まないのは俺の悪い癖だが、俺は顔はいいほうだと思うし、頭も悪くない。多少自惚れではあるが、自信はあった。だから迷った様子もなくモモにこの提案を断られた時は、俺らしくもなくショックだった。
モモの仲間に聞いたところ、モモには好きな男がいるらしい。しかし、その男は半年ほど行方不明だという。モモはどこかで既に死んでしまったのであろう男を待ち続けているということだ。
モモに最初の提案をして1週間、奴のもとから逃げ出して2週間が経った。今日俺はこの町を出る。
あの日からモモに求愛し続けているが、一向に首を縦に振ってもらえない。モモを手に入れるチャンスも今日が最後だ。モモの待っている男は既に死んでいるのだから、モモにとっても俺の求愛を受けるほうが良いに決まっている。
俺は最後の求愛をするためにモモを探した。そしてモモの姿を見つけた俺は絶句した。モモは俺が知らない男と抱き合っており、その顔は喜びに満ちていた。俺は悟った。きっとあの男がモモの恋する男なのだ。生きていたのだ。俺はモモに声をかけることなく、その場を去った。
俺は町を出るために東へ向かった。モモには結局何も言わなかったが、仲間には別れの挨拶をしておいた。あいつらと過ごした日々を忘れることはないだろう。
俺は失恋したショックと、仲間と別れた寂しさで、少しぼーっとしていた。一瞬の気の緩みが命取りになるということは分かっていたはずなのに。
俺は急に後ろから誰かに掴み上げられた。
「本当にありがとうございました。やんちゃな子で困ったものですわ」
奴は俺を腕に抱いて、丁寧に何度も礼を言った。
「いえいえ、無事に見つかってなによりですよ」
俺を奴に引き渡した警官は、さわやかな笑顔で俺の頭を撫でてきた。
ムカついたのでシャーっと威嚇すると、奴にペシリと頭を叩かれた。
「こら、見つけてもらったんだからあなたもこの方に感謝しなさい、ブルッケン」
俺は一時は自由を手にしたが、恋には破れ、結局奴に再び捕まってしまった。しかし俺はあきらめない。またいつか、絶対に逃げ出してやる。その時はモモよりもずっと美人な女も手に入れて見せる。そんなことを考えながら、俺は交番に張られた俺の手配書を力強く睨みつけた。
手配書にはこう書かれていた。
――迷子の猫ブルッケン、探しています――
初めて投稿させていただきます。
書くことにはまだまだ不慣れなので、おかしなところもたくさんあると思います。
感想を頂けたらとてもうれしいです。