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勝者が望むもの

 ぼくとベインはスタッフから飲み物を貰って、ちびちび飲みながら、真の一等賞を遠巻きに眺めた。それは長身痩躯の浅黒い男だった。寒空のレースに半袖で臨むスタイルは手練れのあかしだ。額の汗と白い湯気がオーラのように見えた。


「参加者だよな?」


 ぼくはベインに耳打ちした。


「そうだ。あの人は呼び出しのときにいたよ。乱入者じゃない。なんていう名前だったか? ザザ? ザッザ? そんな風だった」


 ベインはうなずいた。


「あ、そんな名前は聞いたな。そう、折り返しのところにいたわ。完全にノーマークだった。いや、あの馬の人があそこでとちったから、そっちが気になってさ。おまえは馬鹿みたいに飛ばすし・・・」


 ぼくは茶屋の前のシーンを思い出してぷっと噴き出した。


「あれはタロさんの作戦?」


 ベインは同じくにやけながら聞き返した。


「りんご? あれは傑作だった。あのぼんぼんは代金をちゃんと払ったかな?」


「うん、主催者の判断で食い逃げは失格だな」


「二着はどっちだ? まあ、構わんか。ぼくらはあの人に負けた」


「大したもんだよ。ちょっと話を聞くか」


 ぼくらは即席の反省会を中断して、優勝者にそろそろ近付いた。


「良いレースでした」


 長身痩躯のランナーは外国風に訛ったナグジェ語で挨拶しながら、両手を胸の前で合わせて、丁寧にお辞儀した。


「ほんとにすごい走りでしたよ」


 ぼくは率直に言って、勝者を間近に観察した。身長は百九十センチ、服装は軽装で、足元はトレランのペタペタの草履みたいな靴だった。浅黒い精悍な顔立ちは遠い異国、南方の空気を漂わせた。


「私はベイン・レデルと申します。この催しの主催者です。この度のレースへのご参加をたいへんうれしく思います」


 ベインはイベントの主催者らしく非常に慇懃に言った。


「私はザザと申します。大変なお言葉に大変に感謝いたします」


 異国のランナーは直訳風のかくかくした表現で礼儀正しく名乗った。


「どちらの方です?」


 ぼくは尋ねた。


「私はリャンダから来ました」


「リャンダ?」


「大陸の南方ですね。遠い国だ」

 

 ベインは補足した。


「容易いものです。私は速く走ります」


 ザザはしなやかな長い手で長い足をぺしぺし叩いた。


「え、まさか徒歩でいらっしゃった?」

 

 ベインは目を丸くした。 


「はい、私はリャンダからナグジェへ百日で着きました」


 ザザはけろっと言った。


「ただものじゃないな・・・」


「容易いものです。私は仕事ではもっと速く走ります」


「お仕事?」


 ぼくは口を挟んだ。


「私はリャンダの伝令です。手紙や書類を届けます」


「ほう、伝令、メッセンジャー、飛脚ですか」


 ぼくは妙に納得して、季節外れの軽装な異邦人を見た。たしかにこの男の格好はほかのにぎやかしの参加者とは一線を画して、走りに特化したものだった。


「ナグジェへは何をしに?」


 ベインは言った。


「私は寄り道しました」


「寄り道?」


「はい、私はこれからビドネスに渡ります。その前にここへ寄り道しました。ここは楽しいにぎやかなところです」


「リーンのお祭りか」


 ぼくはぴんと来た。


「そうです、リーンのお祭りです。私はそれに参加します」


 ザザ殿はにこやかにうなずいた。


「それは素晴らしい目標だ。そのためにリャンダから走ってきた?! 上には上がいるわ・・・」


「そして、私はきっと優勝します」


「うーん、すてきだ」


「容易いものです。私はものすごく速く走りますから」


 ザザ殿は口癖らしいその言葉で自信満々に頷いた。実際、彼の走力は本物だった。


「ご活躍をお祈ります」


 ベインは恭しく言った。


「そうだ。優勝賞金を差し上げないと」


 ぼくは運営の立場を思い出した。


「あ! 授賞式をやってしまうか。お金はどこだっけ?」


「どうぞ、お構いなく。私は貧しい人に寄付します」


 ザザは丁重に言った。


「何とできた男だ。では、こちらのバイクの乗り方をお教えしましょう」


「どうぞ、お構いなく。私はそれに勝ちました」


「おもしろいですよ?」


「私は乗り物に乗りません」


「でも、ビドネスに渡るには船に乗らなきゃならない」


「容易いものです。私は泳ぎます」


 ザザは真剣な顔で言って、ぼくらの顔を眺めると、舌をちょろっと出した。わりとお茶目だ。


 この後、ぼくらは簡単な表彰式をやって、試乗会の準備に取り掛かった。ザザの姿はいつのまにか消えたが、彼の印象は深々と残った。

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