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四年に一度の祭りの話

 季節は秋、ドライジーネの秋、実りの秋、サイクリングの秋。ナグジェ郊外の畑や森がうまいものをたくさん生やす。田園地帯の村や町は収穫祭で賑わい、遠足デーの出費が買い食いでちゃりんちゃりんと加速する。農村で食うジャムとチーズとクリームとグリルとキノコとミルクは格別だ。最近、ヤダム氏のエンゲル係数が八十パーセントを越えた。


 この秋の盛りには都心部より田園地帯の仕事の需要が旺盛だ。収穫のお手伝いは金と身になる。まあ、ぼくはたまにしかやらないが。敬遠の理由は畑仕事の過酷さでなく、就労後の酒盛りの強烈さだ。田舎の酒席は尋常ではない。そして、ぼくの牛乳原理主義は農家の人々には不評である。蜂蜜とトリュフとヘーゼルナッツパウダー入りのホットミルクが豚肉のソーセージやトラウトのフライに合うという宇宙の真理が普及しない。


 このステキな季節の難点は雨だ。この時期に地面が一度ぬかるむと、夏場のように一日二日で乾かない。雨後のダートはぐちゃぐちゃだし、石畳はかなりスリッピーだ。タイヤの消耗を考えると、みだりに外には出られない。

 

 ゆえに雨の日は物書きらしい読書デーか執筆デーとなる。先日、ぼくのナグジェ語の日記が神主さんのテストに合格した。


「つぎは仮定法過去完了ですね」


 先生はスパルタだった。


「ぼくはそれをやりますから、先生は漢字をやんなさいよ。それは『葡萄酒』です」


 ぼくはワインの漢字の綴りを思い出しながら、スプーンの柄でそれを空に描いた。


「あなたの国の文化の高度さには恐れ入ります」


 バスラの神官は頭を下げた。


「まあ、たしかにぼくもニホン語の複雑怪奇さにはうんざりしますよ。その点、ナグジェの書体はシンプルだ。文字の形はこれだけですか?」


「アミカル王国内では字形は一つのみです。大文字と小文字を書き分けるのはビドネスのあたりですね」


「ビドネス? 西の海の向こうの島の国ですっけ?」


 ぼくは地図を思い浮かべながら、ぼんやり聞き返した。


「ええ、あの島国では大文字と小文字がいまだに書き分けられます。直後の母音を伸ばすときに子音を大文字にしますね」


「そのビドネス語、先生は使えますか?」


「少々。ご教授しましょうか?」


「各変化はありますか?」


「当然」


 先生は深々とうなずいた。


「うえー」


「しかし、漢字より簡単ですよ」


「またの機会にしましょう」


「そうですか。今は良い時期ですがね、ビドネス語を覚えるのには」


「外国語の学習に時期が関係しますか?」


「さて、タロさん、ここで問題です」


 先生は唐突に言った。


「はい、先生」


 ぼくは抜き打ちテストに身構えた。


「今年は何年ですか?」


「八百十三年」


「大正解。そして、これもあと二か月で終わります」


「先生のおかげでどうにか年を越せます」


「ひとえに信者の皆さんとバスラさまのおかげです」


 神主さんは釘を刺した。


「そのとおりです」


「来年は八百十四年です」


「それが何です?」


「この年にはビドネスで四年に一度の大きなお祭りがあります」


「四年に一度?」


 ぼくはびっくりした。


「はい、前回は八百十年にありました」


「そのお祭りはどこであります?」


「ビドネス王国のリーン市です。首都のサドランから馬車で西へ一日くらいのところにあります」


「世界各地から参加者や観光客がどっと押し寄せる?」


 ぼくは促した。


「それはもうものすごい混雑です。のどかな森の中の古都が人、人、人で溢れかえります」


「伝統的なお祭りですか?」


「次は百五十回目の記念大会です。つまり、六百年の歴史を誇ります」


「へえ、本家ほどではないか」


「本家?」


「いえ・・・先生はやけに詳しいですね?」


「ええ、私は七百九十年にリーンまで行って、試合に出ましたからね」


「試合? え、やっぱり、スポーツ大会ですか? 四年に一度の?」


 ぼくは偶然の一致にいよいよ驚いた。


「スポーツ、文芸、音楽、商業の一大祭典です。この期間のビドネスは上へ下への大騒ぎです。貴族も平民も神官もすこしおかしくなります」


「それはおもしろそうだな。でも、島ですよね? 船旅ですよね?」


「陸路と海路で約十日ですね」


「船かあ・・・酔うよなあ・・・」


「ビドネスとアミカルの間の海はそれほど荒れませんよ」


「船かあ・・・ちなみに、先生はどんな競技に参加しました?」


「古式格闘です」


 先生は往時をしのんで、胸の前で両拳をびしっと固めた。

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