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やまだたろすけ先生のプロフィール

 ぼくの名前は『やまだたろすけ』

 ぼくの年齢はアラフォー

 ぼくの趣味はゲームと球技とアウトドア

 ぼくの好物は牛乳

 ぼくの職業は物書き

 つまり、『やまだたろすけ』はペンネーム


 ぼんやりした意識の中からこんな思考がぼちぼち浮かんだ。


「・・・やってしまった」


 独り言は血の味だった。右のほっぺたの内側がべろんべろんである。しかし、舌はぺろぺろ動いて、奥歯はかちかちしたし、銀歯の位置は変わらず、下顎は上顎の下にあった。


 ぼくは手始めに目をぱちぱち、鼻をすんすんさせて、上から下まで我が身のパーツをそっと動かした。二の腕、右肘、腰、背中などに大小強弱の痛みが走った。しかし、これらはせいぜい打ち身や捻挫や擦り傷で、深刻なものでなかった。


 問題は下半身だ。下の下、中の中、芯の芯だ。あの瞬間、股間から脳髄までクリティカルな電撃が走った。その残響がびりびりじんじん木霊する。


 下品さを恐れずに直球に行動しよう。ぼくはズボンに手を突っ込み、股間の状況、とくにふぐり的な球体のコンディションをチェックした。数と手応えは正常だった。


「助かった・・・こんな死に方はやだわあ」


 ぼくは何気に中性的な口調になって、ショックとダメージの回復を待った。


 自転車でこける、滑る、落ちる、吹っ飛ぶ、ひっくり返るなどなどのトラブルの全般は二輪の世界の業界用語では『落車』である。語呂のとおりに乗馬の用語の『落馬』に相当する。乗り手には不名誉なことだ。騎士や武士の世界では死に匹敵する。ゆえに落車しても同情されない。むしろ、おっさんが怪我や事故をするとアホやカスやとぼろくそに言われる。まあ、小学生もチャリですっ転ぶとお母さんに怒られるが。

 

 幸か不幸かこの落車の目撃者は当の本人だけだ。外野の非難は上がらない。しかし、サポートは来ない。ソロのアウトドアの怖さがこれだ。いや、しかし、外遊びの原則は自力救済ではないか? そして、集団行動は性格的に無理である。徒然なるままに一人で黙々とするのが気楽で至福だ。ゆえにこのアラフォーの先生は気ままなフリーライター業を止められず、だだぬるい独身生活に甘んじる。


 ぼくはゆっくりと慎重に身を起こした。ねじ曲がった個所や千切れた部位はとくに見当たらなかった。手足は胴体から生えて、頭は首の上にあった。


「小破で済んだな。でも、周回は無理だ。一走で降りよ」


 ぼくは嘆息しながらつぶやいた。


 落車時にはもう一つのルーチンがある。所持品のチェックだ。鍵、財布、スマホのチェックは絶対だ。とくに鍵がポケットから飛び出すと、オフロードではしばしば行方をくらます。


「変だ」


 ぼくは首を傾げた。なんか変だ。そう、空気が違う。ジャケットの内側がむしむしして、おでこがじんわり湿る。とどめはジジジジという耳障りな虫の声の盛大な合唱だ。それが周囲の木々の間から聞こえた。


 スマートフォンのディスプレイの時間表示は四月×日の十五時二十二分だ。これは不自然ではない。ぼくの記憶と一致する。失神の時間はせいぜい数分だ。口の中の血の味や肘の傷のフレッシュさがそれを裏付ける。


 違和感はそればかりでない。周囲はたしかに山の中だが、おなじみのコースの一角ではない。木々や草葉の雰囲気が近所の里山らしくない。ふと『異国情緒』という言葉が浮かんだ。


「やさしい森の熊さんが行き倒れたおじさんを見つけて、秘密の場所まで連れ去った、とか?」


 すてきなおとぎ話である。しかし、チャリ仲間から出る出るとの噂を聞けども、この山で熊さんと出会う機会にはついぞ恵まれない。猿、鹿、猪が関の山だ。


 ぼくはファンタジックな妄想からスマホの画面に戻って、マップアプリを開いた。里山の広域図がぽんと出てきた。しかし、GPSは読み込み状態から復帰せず、ぼくと同じく迷子になった。


「GPSがここで入らない? おかしくない? たまにモバイルは切れるけどさ・・・」

 

 リロード、リブート、オンオフ、べしべし、ふうふう、はあはあなどの対処療法は全く効かなかった。また、モバイル通信もこれに倣って、アンテナを一向に立てず、無情の×印を固辞した。

 

 ぼくはスマートな『ぶんちん』をポケットにしまって、怪訝に首を傾げながら、かたわらのマウンテンバイクに近付いた。

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