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「種子」

デイケアセンターでのグループセラピー。美穂は、勇気を出して手を挙げた。

「先日、患者会で『意図的ピアサポート』という考え方を知りました。私たちの経験には大きな価値があり、それを意図的に活用してお互いをサポートし合う仕組みを作れないでしょうか」


美穂の提案に、担当の山口看護師は「素晴らしい発想ですね」と温かく微笑んだ。しかし、同席していた精神科医の一人は、険しい表情で口を開いた。

「佐藤さん、その考えは理想的ですが、専門的な訓練を受けていない当事者同士がサポートし合うのは危険を伴います。善意が、かえって相手を傷つけることにもなりかねない」


その言葉に、美穂は一瞬怯んだ。だが、すぐに顔を上げた。

「先生のおっしゃることも分かります。ですが、私たち当事者にしか分からない痛みや、乗り越えてきた経験知があります。それは、どんな専門知識にも代えがたいものではないでしょうか」

「しかし、安全性をどう担保するのですか」

「だからこそ、仕組みが必要なんです。専門家の方々にも協力していただき、安全な枠組みの中で、私たちの経験を活かす方法を模索したいのです」

医師と美穂の間で、熱のこもった議論が交わされた。他の参加者たちは、固唾をのんで二人を見守っていた。


セッションが終わり、美穂は疲れ果てていた。

(私、本当に正しいことを言えたのかな……)

自室のベッドに倒れ込みながら、学生時代の苦い記憶が蘇る。


……大学3年生の夏。憧れの企業でのインターンシップ最終日、プレゼンテーションを任された。しかし、大勢の社員を前にした瞬間、頭の中が真っ白になった。準備した言葉は全て消え去り、冷や汗だけが背中を伝う。結局、一言もまともに話せず、惨めな思いで頭を下げた。あの失敗以来、人前で自分の意見を言うことに、深い恐怖心を抱くようになったのだ。


(あの時の挫折が……今の私を作っている)

美穂はハッと目を開けた。

失敗の痛みを知っているからこそ、人の痛みに寄り添える。自信を失った経験があるからこそ、誰かの小さな一歩を心から応援できる。

(だから私は、ピアサポートの重要性を信じられるんだ)


美穂は静かに決意を固めた。

(もう逃げない。この経験の全てを、力に変える)

窓の外の夜空には、無数の星が輝いていた。

美穂の心に、「意図的ピアサポート」という名の小さな種が、確かに植えられた瞬間だった。

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