87 ユーゴの意図
「これは推測になるけど、この魔晶箱にはいくつもの魔法がかけられているみたいなんだ」
一つ目は、鍵をかけた者以上の魔力の持ち主でないと開かない魔法。
二つ目は、知った魔力を無効化する魔法。
三つ目が、知った魔力の持ち主の魔力を吸い続ける魔法。
その説明を聞いて三つ目の魔法にリュカは眉間の皺を深くする。
「このままだと、団長のすべての魔力を吸い尽くすということですか?」
「そうなるね」
それはユーゴの命が失われるということだ。
――じゃあ、ホルスマン伯爵は団長の命を狙うためにこの魔晶箱を渡したのか?
ユーゴにされたことへの意趣返しにしては用意周到だ。だが話の状況からユーゴが挑発めいた行動を起こすことを予測していたとは考えにくい。だとしたら最初から渡すために用意していたことになり、やはりグレイは魔晶箱にかけられている魔法を知っていたということになる。
――どちらにせよ、団長に魔晶箱を渡し、開けれたら幸い、開けれなかったら仕方ないという考えだったということなのか。
そう考えながらリュカはどういう仕組みなのか調べようと瞳に魔法陣を展開させようとした時だ。ユーゴがリュカの目を押さえて止める。
「駄目だよリュカ君。魔法で調べようとすることも魔晶箱に魔力を使うことになる。そうなると君の魔力も無効化され効かなくなる」
言われてそうだったとリュカは気づく。探査魔法はターゲットに魔法を当てて調べるものだ。魔法を魔晶箱に当てるという面では、攻撃魔法と一緒だ。もしここで探査魔法を使った場合、魔力を知られることになっていただろう。
「すみません。浅はかでした」
「いいよ。僕も最初に探査魔法をして魔晶箱に魔法を知られてしまったんだ」
ユーゴは罰が悪そうに苦笑しながら言うと、自身の考えを述べる。
「僕の魔法が無効化されたから確実なことは言えないが、魔晶箱を解除するにはこの魔晶箱よりも強い魔力の持ち主が一発で魔晶箱の魔唱石を破壊しなくてはならないだろうと僕は思っている」
リュカも同じ見解だ。魔力を無効化するのなら、最初の一発でしか効き目がないということだ。
「だがどうしても分からないことがある。知った魔力を吸収し自分の魔力にする魔法がこの魔晶箱にかかっていることだ」
「?」
どういうことだとリュカは眉根を寄せる。
「この魔法は今の時点で存在しないんだよ」
「!」
「色々な書物を調べたが、そのような魔法があると書いてある書物は一つもなかった」
「確かに他人の魔力を吸収し、自分の魔力に変換するのは不可能ですね」
「そうなんだ。それに特定の人物の魔力を無くなるまで吸い尽くすことなんてまず人間では無理なんだよ」
「ちなみに、ホルスマン伯爵も魔力を吸い取られていたのですか?」
リュカは気になっていたことを訊く。ユーゴに魔晶箱の解除を頼むということは、グレイも魔力を吸い取られていたのではないかと考えたのだ。だがリュカの質問にユーゴは眉根を寄せて首を横に振り、グレイとのやり取りを思い出しながら言う。
「いや、僕が見た感じホルスマン伯爵は魔力を吸い取られている感じはしなかった。もしホルスマン伯爵の魔力が魔晶箱に吸われ続けていたのなら、疲弊するはずだから僕は気付いたはずだ。だが気付かなかった。だとすると魔晶箱に魔力を吸われていなかったのだろう」
「だけどホルスマン伯爵は魔晶箱にかけられている魔法は知っていた……ということですか?」
リュカの言葉にユーゴは頷き返す。
「そうなるね」
――魔晶箱があった場所もそうだが、どうやってホルスマン伯爵は知ったのか?
考えてもまったく分からない。そこで魔晶箱に関して何かあったかと前世の記憶を辿る。だがやはりリュカの記憶にはなかった。
――だとすると魔晶箱は前世では1度も見つからなかったということなのか。
だがその考えはすぐに否定する。
今世のリュカとアイラの人生は、意識的に前世とは違うものを選んでいるため変わっているが、他はリュカとアイラが干渉しなければ同じはずなのだ。だとすれば魔晶箱をグレイが見つけることは前世でもあったはずなのだ。
――じゃあ前世では魔晶箱が見つかったことは公にならなかったということか?
それはなぜだと思った時、ある考えが浮かぶ。
――もしかして前世で団長が命を落とした理由は、この魔晶箱だったのか?
前世では建国100周年の祝いの儀は行われていなかったため暗殺事件も起きなかった。そのためグレイがユーゴに魔晶箱を渡した時期も今とは違い、もっと遅かったのではないのか。それもリュカ達に知られずにだ。そして魔力を吸い取られ命を落としたとしたら?
――それならば辻褄は合う。
だが今となってはそれを証明することは出来ない。今分かっていることは、ユーゴを死なせないということだけだ。だから今は目の前の問題に集中する。
「理由はわかりました」
「で、ここまで聞いてリュカ君は魔晶箱を開けることはできるかい?」
ユーゴに言われリュカは頷く。
「はい。出来ると思います」
「そうか」
「では今から開ければいいんですね?」
「いや」
ユーゴの意外な言葉にリュカは眉を潜める。
「開けるのではないのですか?」
――そのために頼んできたのではないのか?
「いや。僕の説明を聞いても君がどう反応するか、封印は解けると言うのかが聞きたかったんだ」
そこでリュカはユーゴの意図が分かった。
――ああ、そういうことか。失敗すれば命を落とすことになる。それでも解除出来るかを聞きたかったのか。
リュカはフッと笑う。
――最初から俺に魔晶箱を開けさせる気はなかったということか。今も前世もこの人は変わらない。
前世でユーゴの勝手な行動にリュカは堪忍袋が切れユーゴに文句を言ったことがあった。
【前世】
「なぜいつも危険なことは相談もせず自分1人で解決しようとするのですか!」
「だって部下の命が失われるかもしれないじゃないか。そんな危険なことはさせれないだろ? 危険にさらされるのは自分だけでいいんだよ」
笑顔で応えるユーゴにリュカは目を細め睨むように訊く。
「俺はそんなに頼りにならないですか?」
この頃のリュカは、魔力も経験もユーゴ以上になっていた。だからユーゴの足を引っ張ることはないと断言できた。それなのに頼りにしてもらえないことに憤りを覚えていたのだ。
するとユーゴは苦笑しながら言った。
「そんなに拗ねないでくれ。リュカは凄く頼りになるよ」
「ならば!」
「だからだよ」
「え?」
「だからリュカには危険なことは頼まないんだよ。もし僕が命を落としたら、その後誰が僕の後を継ぐんだい?」
「俺じゃなくてもいるじゃないですか」
リュカよりも年齢が上の者はいる。現に副団長もいるのだ。
「リュカ、団長になれる者はどういう者だと思う? 魔力や経験、後は?」
そこで考える。
「周りの影響を受けず冷静な判断が出来る者ですか?」
「それも大事だね。だがそれは二番目だ。一番必要なことはなんだと思う?」
他に何があるのかとリュカは考える。魔力と臨機応変に対応出来るほどの経験と冷静な判断があれば、後は必要ないのではないのか。
――もしかして優しさだと言うんじゃないだろうな。優しさは魔術師団の団結には必要だが、団長として一番必要なものではないはずだ。ましてや中途半端な優しさは反対に命取りに繋がる。
じゃあ何なのか? 考えてもリュカには分からない。
「わかりません……」
「わからないかい?」
「はい」
「じゃあ教えてあげるよ。それはね……」
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