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79 あの時はありがと



「実は私! 1度死んでます!」

「!」


 さすがにそれにはリュカはギョッとしてアイラを見た。

 サラとカミールは首を傾げる。


「死んでる? どういうこと?」

「それはー、ゲホゲホゲホ」


 そこでリュカは魔法を使いアイラを咳き込ませる。


「あれ、急に咳が……」

「風邪じゃないか? きのうから喉がおかしいって言ってたじゃないか」


 リュカが促すと、


「そうだっけ?」


 とアイラは首を傾げた。自白魔法は正常な判断を鈍らすことで話させるものだ。今のアイラなら少し誘導すれば信じるだろうと思ってしたことだ。案の定うまくいった。だが安堵もつかの間、今度はライアンが、


「それも学校のせいだ! アイラ! それはあの学校の学園長が悪い! あいつはほんとろくでもないやつなんだよ!」


 と叫び始めたのだ。


「ライアン、声が大きいよ!」


 カミールがライアンを制するが、聞く耳持たずライアンは叫んでいる。他の客もいる中、学園長の息子のライアンが学校の悪口を言うのは好ましくない。変な噂が立ち後々面倒なことになりかねない。現に何事だと周りの者もこちらを向き注目をし始めている。

 これはやばいと思ったカミールがリュカへと言う。


「なんかちょっとやばいね」

「そうだな」


 するとアイラもライアンに刺激されたのか、


「まだ私、話してないー!」


 と叫び始めた。


「わかったから叫ぶな」


 リュカがアイラの口を塞ぐ。


「そうだそうだ! アイラの言う通りだ!」


 ライアンも声を張り上げて叫ぶ。


「ライアンもうるさい。少し黙って」


 カミールも魔法でライアンの口を閉じさせる。するとライアンは魔法を外そうとする。だがカミールの魔法はちょっとやそっとじゃ外れない。思うようにならないため、今度は暴れ始めた。


「ライアン、やめなさい! ここはお店よ!」


 サラも制するが、まったく収まる気配はない。


「リュカ、サラ、まず店を出よう」


 カミールの提案に、リュカとサラは頷く。


「そうだな」

「そうね。それがいいわ」


 リュカはアイラ、カミールがライアンを強制的に拘束し、サラがお金を払いそそくさと店を出た。


「ここでお開きにしよう。僕はこのバカライアンを送ってくから、リュカ、アイラを頼む」

「わかった」

「サラ、どうする?」

「私は1人で帰れるわ。馬車待たせてあるから。だからリュカ、カミール、2人をよろしくね」


 そこで皆、別れた。


 リュカはアイラの口を塞いだまま歩くことは出来ないため、転移魔法で一気にアイラの家の玄関へと転移する。そしてアイラが玄関のドアを開けて入ろうとするのを見届け、


「じゃあな」


 と言って立ち去ろうと踵を返すと、アイラはリュカの腕を掴み、口を尖らせてリュカの動きを止めた。


「なんで逃げるのよ」

「はあ? 誰が逃げる。帰るだけだ」

「まだ私は話してないのよ! 聞いていきなさいよ!」


 そう言ってリュカの腕をひっぱり部屋に入れようとするため、リュカは踏ん張り入るのを拒む。


「いや、俺はいいから」

「よくない! 早く入りなさい! そうしないと大声出すわよ!」

「なっ!」


 こんなところで大声を出されてはたまったものじゃない。仕方なくリュカはアイラの家へと入る。そして目の前の光景――あまりにも小さい部屋を見て驚く。


 ――狭い。


 アイラが借りている部屋は、学校の寮の中でも一番小さい部屋の1Kの家だ。一部屋にベッドと机があり、小さなキッチン、そしてトイレと風呂場があるだけだった。


 ――一般市民はこれが普通なのか?


 困惑しているとアイラが、


「そこ座って」


 と椅子に座るように言ってきた。なぜか悪いことをしたリュカを今から怒るかのように命令口調で言ってくるアイラに納得がいかないが、文句を言えば倍になって帰って来る気がしたため、ここは大人しく従うことにし椅子に座る。それを見たアイラは満足げに頷き、自分もベッドに座ると、


「さっきも言ったけど、私1度死んだの!」


 と話し始めた。


「どうやって死んだと思う? 殺されたの」

「……」

「ソフィアっていうにせ聖女がなぜか牢屋にいた私にお菓子と紅茶を持ってきたのよ。でもどう見ても怪しいじゃない? だから飲まなかったの。そしたらいつの間にか牢屋にいた男に後ろからグサって……」


 アイラは剣を持って刺す仕草をしながら話す。


 ――やはり刺されたのか。


 リュカは眉根を寄せる。


「その犯人は後ろ姿しか分からなかったんだけど、髪は銀髪に黒いメッシュが入った男だったわ」


 リュカは『罪人の墓場』で遭遇したレイを浮かべる。


 ――先生も言っていたが、やはりあいつなんだな。


「ああ、私死ぬんだーって思っていたら、リュカが来たの」


 そこでリュカはアイラへ視線を戻す。


「あの時はリュカも私も顔を知っているぐらいでほとんど話すことがなかったのに、あなたは死んで行く私に、私が犯人じゃない、無実だと言ってくれて、そして死んで行く私に服をかけてくれたわ」


 ――そうだ。助けてやれなかったという後悔からのせめてもの償いから上着をかけたんだった。


「すごく嬉しかったんだー……」


 アイラは顔を天井に向けて微笑む。すると一粒の涙がすうっと流れた。驚いたのはリュカだ。


「おい?」


 だがアイラは聞こえてないのか話を続ける。


「その時リュカって優しいなって、友達になっておけばよかったなーって思ったわ……」

「……」


 リュカはその時の光景が目に浮かび眉根の皺を深くする。


「痛さと苦しさと床の冷たさを感じながら、このまま1人で死んでいくんだーって悲しく思っていたから、最期リュカが来てくれてほんと……うれしかったんだ……」


 アイラの目から涙が止めどなく流れる。だが大泣きはしない。そしてアイラはリュカを見て微笑む。


「ずっと言いたかったんだ。あの時はありがとね」


 ロシアンルーレット飴は本心を言う飴だ。だからそれは本心からのアイラの気持ちだ。

 それがわかったから、リュカは立ち上がりバッとアイラを抱きしめた。


「もういい。わかったから」

「うん……」

「お前の気持ちは受け取ったから」

「うん……」

「あの時助けてやれなくてすまなかった……」

「ううん。リュカは悪くないわ。看取ってくれただけで嬉しかったんだから……」


 リュカはぐっと奥歯を食い縛り、アイラを抱きしめる腕に力を入れ、


「ごめんな……」


 と、何度も謝った。





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