76 女子会
建国100周年の祝いの儀が行われていた日、街はお祝いムードで盛り上がり、店はお祝い商品だの、安売りだのとお祭り騒ぎだった。
そして学校は全校休みになっていた。理由は、学校のトップや教師も貴族であるため、王宮にお祝いに行かなければならなかったからだ。
そんな貴族達は王宮へお祝いの儀に出席したりと忙しい1日を送っていたが、平民――一般市民は違う。王宮の外で国王の顔を拝もうと外からお祝いする大人はいるが、ほとんどの者、特に学生は暇だった。
アイラもその1人だ。そして同じく暇なサラとケーキ屋に来ていた。お店の中はやはり若い学生ばかりだ。皆考えることは同じのようだ。
「やっぱりこういう日に人気のケーキ屋に行ってケーキを食べなくちゃね。空いてるしお祝いセールで安いしー」
大好きなケーキを前にして超ご機嫌なアイラだ。
「アイラ、嬉しそうね」
アイラの前にずらっと並んだ五種類のケーキを見ながらサラが言う。シューケースに並ぶケーキでアイラはこの五種類のどれにしようか迷った挙げ句、すべてを頼んだのだ。
「まさかすべて頼むなんて思わなかったわ」
「だって全部食べたかったんだもの」
嬉しそうに食べるアイラにサラは嘆息する。
「ケーキなんていつでも食べれるでしょ」
「サラはね。1人暮らしをしている身の平民の私には無理なのよ。今日だって、この日のために貯めたお金で来ているのよ。だから悔いがないように食べたいだけ食べる予定なの。それに今度はいつこれるか分からないしね」
アイラは学園が一棟買いしたアパートメントに住んでいる。学生寮というやつだ。学園は働くのが禁止のため、家賃や光熱費、そして生活費を親からの仕送りでどうにか生活をしている状態だ。だが家も余裕があるわけではない。必要最低限のお金で生活しているため、外食やケーキを食べる余裕はないのだ。
だがやはりケーキは食べたい。だからここ数ヶ月切り詰めてお金を貯めた。その貯めたお金で今日は来ていた。だから後で後悔することがないように食べたい物すべてを食べるつもりでいるのだ。
すると外で花火が上がり始めた。祝福の花火だ。
「今頃祝いの儀が王宮で行われているんだろうね」
サラが窓の外を見ながら言う。
「サラは行かなくてよかったの?」
サラも貴族だ。貴族の者は出席しなくてはいけなかったはずだ。
「父だけは出席してるわ。私はまだ成人してないから出なくていいのよ」
「そういうものなのね」
「ええ」
サラは紅茶を口に運ぶ。その上品な仕草はさすが貴族だとアイラは見とれる。そんなサラをぼうっと眺める。顔は色白で鼻もすうっと伸び、少しつり目で大きく美人顔だ。だがショートだからかその良さが半減してしまっている。ロングならば超美人なのではないかと思ってしまう。
「サラって変わってるわよね。髪を伸ばさないのもそうだけど、貴族なのに私みたいな平民と一緒にいる方がいいなんて」
普通貴族なら平民とは距離を取りたがる。だがサラはまったくその素振りも見せないし、反対に貴族が嫌いだとも言っているのだ。
するとサラがムッとしてアイラに言う。
「アイラ、いつも言うけど、その平民っていうのやめてくれない?」
「あっ! そうだった。ごめん」
サラはアイラ達貴族ではない平民を『平民』と言うのを嫌がった。サラ曰く貴族もそうじゃない者も皆同じなのだとよくアイラに言っているのだ。
「気をつけて」と前置きしサラは説明する。
「うちは成り上がりの田舎の貴族じゃない? そうなると都会の貴族からしたら、うちは貴族じゃないのよ。そして一般市民の人達からも貴族だからって距離を取られることが多かったわ。元市民だった父はそれが一番悲しかったみたいで、市民の人達とはうまくやっていきたいと思った父は、どうにか距離を縮めようと努力したみたい。畑を手伝ったり、土木をしたりしてね。最初は距離を置いていた一般市民の人達も徐々に父に心を許していったわ。そんな父に連れられて一緒に行っていた私も自然と市民の人達と仲良くなっていって、今に至るってやつ」
「そうだったんだ」
「でも代償もあったわ。母は生粋の貴族だったの。だから平民と仲良くする父が許せなかったみたい。まあお見合いだったから最初から気に入らなかったんじゃないのかって父は言ってたわ。結局私達を産んで1年した頃に両親は離婚したの。そして双子だった私と妹は別々に引き取られたわ」
そこでアイラは驚く。
「サラって双子だったんだ」
「そう。あれ? 言ってなかったっけ?」
「うん」
「そうだったのね。そう言えばこういう話ってアイラとはしてなかったわね」
それはサラが貴族でアイラが平民だからだ。お互い気を使って話をしなかったのもあった。だがお互い仲良くなり、話しても支障がないことが分かったからだろうか、サラはアイラの家族のことを聞いてきた。
「アイラは? 兄妹とかは?」
「うちは3つ下の弟が1人いるわ」
「そうなんだ。でもよく1人娘の1人暮らしを許してくれたわね。うちでは考えられないわ」
貴族の娘がまず1人暮らしを許す家はいない。サラの家もそうだ。1人暮らしだけは許してもらえなかった。そのため父親が一緒に学校がある地区に別荘を買って移住してきたほどだ。
「うちは両親で飲食店をしているから、引っ越すこともできないし弟もいるから」
「そっか。でも家事を自分でするんでしょ? 凄いわね」
本気で感心するサラに、一般市民はそれが普通ですと心の中で突っ込みながら言う。
「一応料理や家事全般は出来るから苦労はしないわ」
前世でもやってきたのだ。その辺は得意だ。
「でも女の子1人で住もうなんて思わないわ」
確かにアイラがいる学生寮は女性はアイラぐらいだ。まず学生寮にいる者も少ないのだが。
「そういうサラも違う意味でさすがね。娘のために父親の方が一緒に引っ越してくるって普通無いわよ。仕事は大丈夫なの?」
「大丈夫みたいよ。父は転移魔法の魔術玉を持ってるから」
サラが言う転移魔法の魔術玉は一般的な物ではない。普通の物は1回限りの使い捨てのような物だが、サラの家にある転移魔法の魔術玉は何回も使えるもののため、値段が相当高い物になる。
――確か精霊魔法士長だった時の給料の1年分は優に超えていたはず。
成り上がりと言ってもさすが貴族だ。
「アイラの弟さんは精霊魔法使えるの?」
「ううん。弟は使えないわ」
「姉弟でも出ない場合もあるのね」
「うん。精霊魔法って遺伝じゃないから」
「そっか。だから人数が少なくて貴重なのね」
確かにその通りだとアイラは頷く。前世の時の王宮精霊魔法士も10人しかいなかった。魔術師は百人はいたのにだ。それほど精霊魔法士が少なかったのだ。
――王宮にいる精霊魔法士だから力が強いわけじゃない。
魔術師団と違って選べるほどいないため、数合わせでとっている場合もあるため、とても弱い精霊魔法士も中にはいた。そのため何か強力な浄化などが必要な場合、力が強い者への負担がかなりかかっていたのだ。
――今の精霊魔法士はどうなんだろうか。
前世の記憶とこの前精霊魔法士の部屋へ行った時の名簿を思い出す。確か名簿にはイライザを入れて7人だった。
――相変わらず少ないわね。
今年の3年生の精霊魔法士は3人ほどだったはずだ。その3人がすべて入ったとしても、仕事のきつさと周りからの風当たりの悪さから残るのはせいぜい1人いるかだろう。現に前世でアイラの2つ上の先輩は1人だけだったのだ。
前世を思い出しながら物思いにふけっていると、
「アイラ?」
とサラが呼んでいることに気付く。
「あ、ご、ごめん」
「大丈夫? なんか心ここにあらずだったから」
「ぜんぜん。ちょっと考え事してた」
「ごめん。私が精霊魔法の話をしたから気にしたんでしょ?」
「あ、いや……」
あながち当たっているため否定が出来ずに口ごもる。
「別にアイラに精霊魔法士になれって言ってるわけじゃないからね」
「うん。わかってる」
アイラは笑顔を見せ話題を変えた。
「でもサラと家族の話が出来て嬉しい。だってなかなか家族の話って聞けないじゃない? それが普通に聞けるってそれだけサラと仲良くなれたってことだから」
これは本心だ。前世ではマティス以外友達はいなかった。ましてやマティスは異性で少し本当の友達とは違う。だが今世では同性のサラと友達になれた。それだけでも信じがたい嬉しい出来事なのに、家族のことまで話せる仲になったのだ。もう嬉しいとしかいいようがない。
「私もよ。ほら、私こういう性格じゃない? だからなかなか友達がいなくてさ」
「え? そうだったの? 最初私に話しかけてくれたじゃない。だからてっきり友達慣れしているのかと思ってた」
「ううん。その反対。中学までは貴族の学校に行ってたからさー、合わなくて。あのお高くとまった人達とは仲良くしたいって思わなかったのよ。だからずっと1人だったの」
前世の自分と同じだとアイラは思った。
――ああ、だから親近感があったんだ。
合った当初からなぜかサラとは気が合うだろうと思っていたのだ。それは同じ経験をした者同士だったということだったらしい。
「じゃあ私達、初めての友達同士ってことね」
アイラは微笑む。
「ええ。そうね。これからよろしくね」
「うん。さあお祝いよ! 食べよ!」
その後2人はケーキを食べながら何時間も話しをしたのだった。
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