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74 厄介な相手



 建国100周年の祝いの儀の2日後、エタンがオーエンの屋敷にやって来た。


「捕まえた者達全員、すべて記憶を消されました」

「全員だと?」


 どういうことだとオーエンは眉を潜める。


「はい。1人に自白魔法を使った瞬間、全員いきなり腑抜け状態になり意識を失い、意識が戻った時には奇襲攻撃関連の記憶がすべて消えていたという話です。ピンポイントで記憶が無くなる魔法が事前にかけられていたようです」

「1人でも自白魔法を使えば、全員に発動する魔法がかけられていたということか」

「だと思います」

「最初からこうなることを想定していたということか。用意周到だな」


 そこでエタンが訊ねる。


「魔術師団の者が記憶を消すことが出来る魔術は知らないと言っていたのですが、父上は知っていますか?」

「いや、俺も聞いたことも見たこともない」

「やはりそうですか」

「だが不可能ではないだろう。どんどんと新しい魔術は開発されているからな」


 ――それにしては関わった全員の一部の記憶を消すのは高度過ぎる。別々の場所にいる特定の者同時に発動させるのはまず無理だろう。だとすれば何か媒体があったはずだ。


 そこでリュカから聞いた『罪人の墓場』で遭遇した2人の人物が浮かぶ。


 ――あの剣士達が使っていた転移魔法が付与された魔道具を考えると、なにか魔道具を身につけていて発動させたのだろうな。そうなるとやはりこの事件も何かしらあの2人が関わっているのかもしれん。


 物思いにふけるオーエンにエタンが「あともう一つ」と話を続ける。


「この事件の犯人の有力候補だったカール・キューネルが行方不明だそうです」

「キューネル? あのキューネル伯爵の息子か?」

「そうです」

「どういうやつなんだ?」

「ろくでもないやつですよ。横領、強姦が発覚し、爵位を剥奪されていた元官僚です。父親はとても出来た人物でしたが、息子のカール氏は頭の出来が良くないのにプライドだけは高く、人の話を聞かない仕事も出来ない最低なやつでした。家柄だけで官僚になったやつですよ。親の七光りとはカール氏のためにある言葉ですね。いなくなって皆せいせいしてたとこです」


 そう説明しながらどんどん不機嫌になっていくエタンに、


「エタン、ただの文句になってるぞ」


 とオーエンは苦笑する。相当カールに対して不満が積もり積もっていたようだ。

 オーエンに指摘されエタンは一度咳払いし「すみません」と謝り、気持ちを切り替え話を続ける。


「ですから今回のことは疑問が残ります」

「どういうことだ?」

「あの頭の悪いカール氏が暗殺を考えたとしても。手の込んだ計画までを考えたとは到底思えないのです。他者からの助言があったか、はめられたのかのどちらかだと。そして今行方がわからないとなると……」


 エタンの言葉に、オーエンは腕組みし言う。


「消されている可能性が高いな」

「ええ」

「エタン、祝いの義の出席名簿はあるか?」

「はい。ここに」


 エタンは鞄から名簿を取り出しオーエンに渡す。


「用意がいいな」


 オーエンは名簿に目を通す。


「何か気になることでも?」

「出席者の中に俺を見てくるやつがいたんだ」


 その言葉にエタンは苦笑する。


「ほとんどの人が父上のことを見ていましたが?」


 エタンの父親であり、あまり顔を出さない異端児のオーエンを一目見ようと貴族の者達の注目の的だった。気にしていない者の方が少なかったほどだ。


「その中で1人だけ違ったんだよ。皆俺のことを珍しい珍獣のような目を向けていたが、そいつだけは注視してたんだよ。だが見たことがないやつだったから気になってな」


 そう言いながら出席名簿を見ているオーエンにエタンは感心する。


 ――相変わらず昔から野生の感が鋭い。


「こいつかな?」


 オーエンが1人の名前を指した。エタンは覗き混む。


「グレイ・ホルスマン。北東のボルン国の出身でホルスマン商社の社長ですね」

「お前知っているのか?」

「ええ。2年前にこの国で事業を初め、1年あまりでトップに上り詰めた敏腕社長です。陛下にも何度か謁見してますよ。その時に伯爵の爵位を下賜されています。寄付もよくしてくださり、話し方も優しく人間的には素晴らしいお方です。確か年齢も俺とあまり変わらなかったと思います」


 エタンの話を聞き、オーエンは目を細める。


 ――エタンにここまで言わせるとは思った以上に厄介な人物だな。


 小さい頃に家を任されたからかエタンは人一倍警戒心が強い。1度や2度では警戒心を解かないため、今のように相手の人物像を聞けば良いこと1つ言わないのが普通だ。だがそのエタンが好印象なことを口にしている。


 ――最初から計画しているのか、はたまた元々そういう性格なのか。どちらにせよ要注意だな。


「父上はホルスマン伯爵が怪しいと?」

「犯人かはわからんが注視していた方がいいだろうな」

「わかりました。父上がそう言うならそうなんでしょう」


 昔からエタンは、オーエンが根拠が何もないことを言っても疑うこともなく従っていた。


「お前は少しも俺の言うことを疑わないんだな」

「ええ。こういう時の父上の言うことは当たってますからね。経験済みです」


 最初から信じていたわけではない。小さい頃はよく守らなかった。

 オーエンが今日は大人しく家にいろと言われた日に限って必ずよくないことが起きた。それに気付いたのは何度も経験した後だった。分かってからオーエンの言うことを聞くようになった。おかげでそれ以降は何も起らなくなったのだ。


「では一度ホルスマン伯爵を調べてみます」

「いや、動くな」

「え?」


 調べるために名前を上げたのではないのかとエタンは首を傾げる。


「なぜですか?」


 オーエンは書斎の上のヒュミドールから葉巻を一本取り出すと、端をカットし火を着け口の中にゆっくり吸い込み吐き出し、一呼吸置いてから一言だけ告げる。


「ユーゴがもう動いているはずだ」

「団長が?」

「ああ。こういうことにはあいつは嗅ぎつけるのが早い。お前が動いても二度手間になるだけだ。だからお前は何もせず自分の仕事をしていなさい」

「……わかりました」


 返事をするもエタンは不服な顔をして納得がいかない。なぜオーエンはリュカには手伝わせ自分は手伝わせてくれないのかと。その思いを悟ったオーエンは言葉を付け足す。


「そう不満な顔をするな。お前に頼まないわけではない。この件に関してはお前は動かなくてもいいというだけだ。ユーゴにばれた時、何を言われるかわからんからな」

「なるほど。父上はユーゴ団長に文句を言われるのが嫌なんですね」

「当たり前だろ。あいつにグダグダ言われるのが一番面倒なんだよ。ほんと勘弁してほしい」


 本当に嫌そうな顔をするオーエンにエタンは苦笑する。


「わかりました。言われた通り俺は大人しくしてます」


 エタンの言い方にオーエンは片眉を上げる。


「エタン、言い方に棘がないか?」

「いいえ。では俺はこれで失礼します」

「王宮に戻るのか?」

「ええ。まだ山ほど仕事が残ってますからね」

「そうか」


 エタンは1度背を向けたが、体をまたオーエンへと向け、トーンを低くし訊ねた。


「リュカにも言うのですか?」


 その顔は兄としての顔だ。


「ああ」

「あまり関わらせないでください」


 心配そうに言うエタンを見てオーエンは、エタンが家にわざわざ来たのはこちらが本題だったかと気付く。


「あいつは大丈夫だ。お前が思っているより大人だ」

「そうかもしれませんが、まだあいつは学生です。大人の事情に首を突っ込ませるのは良くないです」


 ――見た目は学生だが、中身は25歳だけどな。


 オーエンは心の中で突っ込み苦笑する。


「わかった。善処する」

「では」


 エタンが部屋を出て行った後、オーエンは頭を掻き嘆息する。


「相変わらずリュカに過保護だな。だがエタン、悪いな。今回俺はリュカに巻き込まれた方だ。それに……」


 エタンが置いていった資料を手に取る。


 ――ホルスマン伯爵。こいつは危険だ。もしエタンが調べに動いたら、エタンのことを消すだろう。


 だから動くなと言った。


 ――裏で暗殺の仕事をしているのに噂にも何も出ないということは、少しでも脅威と感じた者はすべて消しているということだ。そんな相手にエタンを危険に晒すなど出来るわけがない。


「ほんと、厄介なやつが相手だな」


 オーエンはまた葉巻を口に運ぶのだった。





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