71 あーこういう人だった
「やはりそうでしたか。僕はまったくオーエン先輩から聞いてませんが?」
不満顔全開のユーゴがそこにいた。
「説明してもらいましょうか? 先輩」
ユーゴはオーエンを睨みながら言うと、オーエンはお構いなしに悪戯な笑顔を見せる。
「陛下と殿下にはお伝えしてあったけどな」
「!」
ユーゴ達魔術団員達は皆、そうなのかと国王とマティスを見る。2人は罰が悪そうな顔をし視線を背けていた。
「私達まで騙したんですか? 陛下」
「いやな。オーエンに言われてな……。絶対に言うなと」
さすがの国王も罪悪感からかユーゴの目を見れず横を向いたまま応える。ユーゴは行き場のない怒りを収めるために目を閉じ、いったん肺に入るだけ空気を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した後、オーエンへと抗議の目を向け静かに怒りをぶつけた。
「あなたはいつもそうだ。また僕に嘘の情報を教えましたね」
いつもそうなのかとリュカはユーゴに同情の目を向ける。そして父親はどう応えるのかと隣りにいるオーエンを見れば、
「嘘じゃないぞ。怪しい4人のことは伝えただろ」
と開き直ったとも言える態度で応えた。そんなオーエンにユーゴも間髪入れずに言い返す。
「それ以外10人いるなんて聞いてませんよ」
こめかみに青筋を浮かべながら言うユーゴは今にもオーエンに殴りかかりそうだとリュカは内心穏やかではない。
リュカの中でユーゴは怒りの沸点が低いという認識だ。前世でも怒ったところを見たことがない。それなのに怒りを露わにしてオーエンへと詰め寄っているところを見ると、相当ご立腹のようだ。そんなユーゴにもまったく動じないオーエンは、鋼のような心臓の持ち主だと改めて思う。
結果的にオーエンの功績が功を奏したのは賞賛に値するが、今はユーゴの気持ちに賛同する。同じ状況ならばリュカもユーゴのように怒っていたはずだからだ。
今回オーエンはリュカにも詳しく説明をしていなかった。説明も半ばで事が進み、気付いたら目の前に敵がいた感じだったのだ。親子であり父親の性格を知っているから不満だけで済んでいるが、これが元上司で嘘ばかりつかれていたら、そりゃあ腹も立つだろう。
「ではいつものように事後報告をしてもらいましょうか。先輩」
ユーゴは嘆息しながらオーエンへ説明を求めると、オーエンも慣れた感じで説明をし始めた。
※※※
「伝えておいた。これで大丈夫だろう」
怪しい4人の鼠に気づき、ユーゴに伝えて戻って来たオーエンは、安堵しているリュカへ
「だがまだいるぞ」
と付け加えたのだ。
「剣士ばかり4人は怪しすぎる」
その言葉にリュカはオーエンを見る。
「4人全員剣士なのですか?」
4人は剣士と魔術師だと思っていたリュカは驚く。
「おまえ、前世で何見てきたんだ? 密偵部隊にいたのだろ?」
それを言われてしまうとぐうの音も出ない。魔法を使えば分かるのだが、ここまで遠く人が多い場所では分からないのが現状だ。
「お前はまだ魔力に頼りすぎだ」
「……」
そんなつもりはまったくなかったが、オーエンに言われて言い返すことが出来ない。確かに魔力に頼っていた自覚はある。
「すみません」
素直に謝るとオーエンは微笑む。
「謝らなくていい。今世でそれに気付いたのだ。それでいい。前世では魔術師団長まで上り詰めていたかもしれないが、今世はまだ未経験が多い学生だ。前世の経験は知識として頭にあるだけで、体が覚えているわけではない」
それはジンが言っていた「やはり体の年齢に知能などは引っ張られる」と言うことなのだろう。確かに前世の時よりも完璧ではない。それがもどかしい。
表情を僅かに曇らせたリュカにオーエンは小さく嘆息し言う。
「お前は前世の自分に執着し過ぎだ。よく覚えておきなさい。今を生きているお前が今のお前だ。時を戻したのが自分だから、ただ時を戻っただけだと思っているかもしれん。だがそれは違う。前世はまったく別の者の記憶だと思うことだ」
「別の者ですか……」
「そうだ。なんだ、前世の自分がそんなに好きだったのか?」
「いえ」
間髪入れずに応えるリュカにオーエンは笑う。
「はは。相当嫌な人生だったのだな。なら未練がましく前世の自分を引きずるな」
「はい……」
素直に返事をするが、リュカがすべて納得したわけではないことはオーエンは分かっている。
「理由が理由だ。忘れることも別人と思う事もすぐには出来ないだろう。だがそれでいい。そう思おうと思うことが大事なのだ。そうすれば、客観的に物事を見ることができ、前世の自分に引っ張られることもなくなるからな」
「客観的……ですか」
「ああ。そうすればお前の気持ちは少しは楽になるだろ?」
リュカは目を見開きオーエンを見る。それはオーエンなりの親としての慰めであった。
「それに前世が嫌だということは、俺はお前に親としての役目を放棄していたということだな。すまなかったな」
「いえ……」
少し嬉しく思い頬が緩む。
「だから今世は思いっきり愛情を注いでやるから遠慮なく甘えろ」
「気持ちだけ受けとっておきます」
その気持ちは嬉しいが心底やめてほしいと思う。思いっきり嫌な顔をして言うリュカにオーエンは嘆息し強制的にその話を終わらす。
「話を戻すぞ。この状況下で剣士だけで襲うことはまずない。こちら側にはエリートばかりの魔術師団がいるんだからな。魔術師がいなけれ勝算はない。だから敵の4人は魔術師もいるとお前のように王宮の者達は思い込むだろう」
オーエンが言うようにリュカもそう思っていた。
「そして警護の王宮魔術師団はお前のように魔術師がいると思い、魔術で探るはずだ。だがいるのは、気配を消すことができ、魔力をほとんど持たないが、相手の魔力を感知出来る優秀な剣士だ。そしてこの大広間には魔力持ちの貴族達が山ほどいる。そんな場所から敵4人を限定できるわけがない。まあ出来るのは俺ぐらいだろう」
最後は自慢が入ったが、その通りのためリュカも納得する。現にオーエンしか4人の存在を特定できなかったのだ。
「そんな奴らが何をするのか。人混みに紛れ、こちら側の警備形態を把握するためと混乱を起こすためだろうな」
今警護をしている王宮の者は、魔術師団と剣士の騎士団が入り交じっている。だが皆同じ格好をしていてパッと見、見分けが付かない。それを把握するためだとオーエンは言いたいようだ。
「混乱だけですか?」
「そうだ。視線をあの4人に向けさせるため」
「やはり狙いは陛下とマティスと父上はお考えで?」
「ああ」
「だとしたら、どこかに本当の暗殺者が隠れていると?」
「そうだ。だがこの場所にはまだいない」
まだということは、転移移動でやってくる魔術師だということだ。
「転移魔法はこの王宮では無理です」
王宮には転移できないように強靱な結界が張ってあるのだ。
「ああ、無理だろな」
「じゃあどうやって?」
リュカは首を傾げる。するとオーエンは笑みを浮かべリュカを見る。
「普通に正面から入れるだろ?」
「え?」
予想外な回答にリュカは眉根に皺を寄せる。正面の出入り口は、王宮を訪れる者達を相当な数の魔術師団と騎士団が目を光らせ厳重に見張っている。現にリュカも必要以上にチェックをされたほどだ。だから簡単には入れないはず。
「今日は出入りが激しい。それはなぜか? 入口には結界が張ってないからだ」
確かに正面の出入り口には結界は張ってなかった。
「ですが、あれだけの人数の団員がいれば、入ってもすぐに取り押さえられるのでは?」
「侵入だけならな」
そしてオーエンはすうっと目を細める。
「この大広間は正面出入り口を真っ直ぐ行った突き当たりのすぐの場所だ。この大広間で騒ぎが起きれば、入口の警備の者達は皆こちらへと集中するだろ? その一瞬の隙を突けば、侵入なんて容易いものだ」
その時だ。リュカの背後で爆発が起きた。リュカは驚き入口を見る。大広間の出入口が爆発されたようだ。
「ほれ、お前も爆発があった方を見るだろ?」
オーエンが誇らしげに言ったと同時、4人の覆面の男達が入ってきた。そこでオーエンが言いたかったことに気付く。
――爆発で一瞬の隙を作った時に転移魔法で侵入したのか!
オーエンは片方の口角を上げ言う。
「口火が切られたようだ」
リュカはすぐに動こうとするのをオーエンが腕を掴み止める。
「動くな」
「?」
どういうことだとオーエンを見れば、オーエンは微動だにせず前を向いたままだ。
その間も周りは悲鳴と逃げ惑う人達でパニック状態になっていた。だがオーエンはリュカの腕を持ったまま微動だにしない。そして言う。
「これはユーゴを国王達から離すためだ」
「!」
「ユーゴは魔術と剣がずば抜けているのと能力が特殊だ。そんなやつが国王の側にいたら暗殺計画が成功する確率はかなり低い。ならまずユーゴを国王達から離すことを俺なら考える」
「それはユーゴ団長の能力を知った者の仕業ということですか?」
「まあそうだろうな。そうでなければこんな手の込んだことはしないだろう。行くぞ」
オーエンは歩き出す。国王とマティスがいる奥の部屋へ見向きもせず歩みを進めるオーエンに付いて行きながらリュカは訊ねる。
「あいつらを捕まえないのですか?」
周りを見れば、4人の覆面の魔術師達が最初にいた剣士達と共に無差別に貴族達を襲っていた。
「ここは護衛のやつらに任せておけばいい。こっちは陽動だ。急ぐぞ」
オーエンとリュカが2階へと続く吹き抜けの中央階段の横を通り抜け奥の部屋へと行く扉を出る。直後、入れ替わりにユーゴが2階の吹き抜けの手すりから混乱する1階の大広間に飛び降りてきた。そしてユーゴが離れたと同時にシールドが張られ、ユーゴをその場に足止めしたのだった。
そこまではオーエンが思った通りだったが、そこからが少し違った。
爆破させ、囮の剣士と魔術師が現れ混乱させユーゴを国王達から離すまでは当たっていたが、最初にいた魔術師とは別に隠れていた2人の優れた魔術師が強度な結界を張り、国王とマティスを孤立させ、剣士4人で確実に仕留めるという肝心なところが違ったのだ。
焦ったのはオーエンだった。魔術師が他に2人いたのに気付いた瞬間、オーエンは自分が思っていた計画と違うことに気づきリュカの腕を掴む。
「やべえ!」
「え?」
刹那、リュカとオーエンはその場から消え、次に現れたのはマティス達がいる2階の場所の真下の1階だった。
なぜ下の階なのかと思った瞬間、国王とマティスだけを孤立させるための強度なシールド結界が張られたのに気付く。そこでリュカはなぜオーエンが真下に移動したのか理解した。強靱なシールドは横からの侵入には強いがその場の縦の線上には弱い。だからオーエンは下に移動したのだ。
そして天井に隠れていた剣士が飛び出し国王とマティスに襲いかかろうとした時、
「行くぞ!」
とオーエンは叫んだ瞬間、また転移魔法で今度は国王とマティスの前に転移して、2人に襲いかかろうとした反乱者の剣士を止めたのだった。
※※※
「俺もまさか魔術師が他に2人いるとは思わなかったんだよ」
頭を掻きながらオーエンは言い訳をする。だがあの瞬間で何が起るのか把握したオーエンにリュカは驚いたのだが。
「そうですか。でも僕にだけでも作戦を言ってくれてもよかったじゃないですか」
ユーゴはムッとしながら言えば、
「作戦なんてないぞ。ただユーゴ達魔術師団には言わないほうがいいと思っただけだ」
とあっけらかんとオーエンは応えた。そこでリュカとユーゴは思う。
――ああ、こういう人だった。




