67 建国100周年の祝いの儀①
そして建国100周年の祝いの儀の当日がやって来た。
リュカはオーエンと共に出席した。式典が開かれる大広間はいつもと違い、凄い人数の貴族達が集まり、皆煌びやかに着飾り、お祝いムード一色だった。
つい前世の癖でリュカは何か危険な物はないか、危険人物はいないかと首をキョロキョロさせているのでオーエンに叱られる始末。
「リュカ、お前は今は王宮魔術師じゃない。ただの学生だ。あまり周りを見るんじゃない」
「すみません……」
分かっているのだが、つい癖で見てしまう。反省し周りを見ないように下を向いていると、そこへ1人の男がやって来た。リュカはその男を見て目を見開く。ブノアだ。
「やあ、ケイラー卿じゃないか。久しぶりだなー。海から戻ったのか?」
オーエンとリュカは深々と頭を下げる。
「はい。ビクラミ公爵閣下もお元気そうで何よりです」
「うむ。では」
ブノアはそのまま他の貴族に挨拶へと行った。それを笑顔で見送りながらオーエンが言う。
「リュカ。顔に出ているぞ。気をつけろ。まだ何も起っていない」
「はい」
つい前世のことを思い出し顔に出ていたようだ。そこをオーエンに注意されてしまった。前世では顔に出ていると言われたことは一度もなかった。最近よく顔に出ていると言われることが多い。今もオーエンに言われたところを見ると、相当分かりやすいようだ。気をつけなければと身を引き締める。
するとそこにエタンがやって来た。
「父上、リュカ」
エタンはこの日の準備のためにここ数日王宮で寝泊まりしていたせいか、少し目の下にクマができて疲れているように見えた。
「エタン、無理し過ぎではないか?」
オーエンが気づき声をかけるが、エタンは笑顔で否定する。
「これぐらい日常茶飯事ですので」
「余計に駄目だろ」
オーエンはムッとしてエタンの頭に手を当てると、回復魔法をかける。
「精霊魔法士のようにはいかないが、少しはいいだろう」
「ありがとうございます」
エタンは笑顔を見せると、リュカへと視線を向ける。
「リュカもご苦労だな。殿下は奥の部屋にお見えになる。挨拶してくるか?」
「いいえ。マティスとは学校でいつも会っているので」
「そうか。では俺はこれで」
エタンは早々にリュカ達から離れて行った。
「あいつ忙しそうだな」
オーエンは苦笑しながら言うと、
「オーエン! 久しぶりだなー」
とオーエンの知り合いが次から次へと声をかけてきたためリュカはその場を離れる。すると、
「やあ、リュカ君」
とユーゴが声をかけてきた。リュカは軽く頭を下げて挨拶する。
「君も来ていたんだね」
「はい」
そしてユーゴはリュカの横に立つと、持っていたグラスをリュカに渡す。
「酒じゃないよ。中身はジュースだ」
「ありがとうございます」
「君の父親、久々に見るな」
ユーゴは遠くで話しているオーエンを見ながら言う。
「ほとんど海にいますからね」
「そうだね。相変わらず破天荒な人だ」
「父を知っているのですか?」
「ああ。君の父がまだ魔術師団の副団長をしていた時の直属の部下だった」
初めて聞く話にリュカは驚く。前世でもオーエンはもちろん、ユーゴからも聞いたことがなかったからだ。
「知りませんでした」
「君はまだ小さかったからな」
「はい。父が魔術師団だったこともこの前知ったばかりです」
「そうか。あの人らしい」
するとブレットがユーゴを呼ぶ声が聞こえてきた。
「呼ばれたようだ」
「はい」
リュカは普通に頭を下げる。それを見たユーゴはフッと笑い言う。
「今日はお祝いの席だ。君もそんなに気を張らずに楽しんでいきたまえ。何かあれば、僕達王宮魔術師団が何とかするから」
リュカはユーゴへ視線を向ける。
「なぜそのようなことを俺に言うのですか?」
するとユーゴは笑顔を見せる。
「さあ。なかなか目を合わせない君が、今目を合わせたのが理由じゃないのかな」
「?」
「不思議だね。君は王宮魔術師団員のような振る舞いをする」
「……」
リュカはそれには応えず視線を正面に戻し反対に質問する。
「何かあればと言いましたよね。それは何か起こると予測しているということですか?」
大事な行事がある時はいつもそうだが、いつもより護衛の数が多いように感じる。それに今回はいつもより一段とピリピリしているように見えるのだ。
前世では建国100周年の祝いの儀は行われなかったため、今回のことはリュカにはまったく分からない。だがどう見ても警備が異常だと感じずにはいられない。
「いや。ただこういう行事の時には、何かしら問題が起こることが多い。だからだよ」
――ユーゴ団長の言うことは正しいだろう。だがそれにしても警戒し過ぎだ。まあただの学生の俺に本当のことを言うことはないだろう。それにこれ以上深掘りするのは危険だ。
だから話はここまでにし早々に離れることにする。最近ユーゴの言葉の端々にリュカが時を戻したことを探るような言動がある。何か疑っているのかもしれない。ならばあまり接点を持たないほうがいい。
「そうですか。では俺はこれで」
頭を下げトイレに行く振りをし出口へと向かうが、大広間を出るまで背中に視線を感じていた。こちらを見ていたのだろう。だがユーゴが追いかけてくることはなかった。ユーゴも色々な人に声をかけられていたからかもしれない。
廊下に出たリュカは、ふうと安堵のため息をついてから周りを見渡す。やはり警備の人数が異常に多い気がする。
――建国100周年の祝いの儀だからだろうか。
こういう重要な場ではいつも外の見張りとかに駆り出される新人の魔術師団や騎士団の者もいる。確かに今回は100周年ということで初めて開催されるお祝い行事だ。ユーゴが言うように、ただ警戒しているだけかもしれないし、全員でお祝いをしようと言う考えなのかもしれないと強引に結論づけることにする。
――考えていてもしかたない。今俺はただの学生で魔術師団員ではないのだから。
すると廊下の奥からマティスがやって来た。
「リュカ」
そう呼んだマティスの表情は少し緊張からか固い表情だ。そのマティスの後ろにはケインとギルバートの他に3人の護衛が付いていた。皆知っている顔だ。懐かしく思う。だが前世では全員殺されていた。複雑な気持ちでマティスに視線を戻す。
「リュカ、今日はいつもと感じが違うね」
今日のリュカの格好は、薄いグレーを基調とした正装服にいつも下ろしている前髪は後ろに流し大人びた感じだった。
「格好いいじゃないか」
「マティスに言われてもな。冗談にしか聞こえない」
「冗談じゃないよ。本当のことさ」
「そうか。お前も王子に見えるぞ」
冗談を言うと、マティスはクスッと笑顔を見せる。
「リュカ、僕は皇太子だから」
「そうだったか?」
マティスの笑顔を見て、少しは緊張が解けたようだとリュカはホッとする。
「じゃあ行ってくる」
「ああ。頑張れ」
マティスはそのまま大広間への扉へと歩いて行った。リュカもマティスとは違う扉から大広間へ戻ると、一通り挨拶が終ったオーエンの所へと行く。
「何かあったか?」
「いいえ」
「そうか」
短い会話をした後、オーエンがリュカだけに聞こえる声で言う。
「何か雲行きが怪しいな」
「え?」
オーエンの言葉に、やはり何かあるのかとリュカは目だけ動かし周りを観察する。だが何が変わった様子は見当たらない。
そして式典は何事もなく順調よく進んでいった。会場となっている大広間にいる者全員お祝いムードで笑顔と祝福で満ち溢れ、誰1人と不満な表情を向けている者はいない。ただ警備の者達だけが緊張している感じだった。
だが式も終盤にさしかかった時だ。
オーエンが小さく呟いた。
「鼠が入り込んだようだ」
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