64 トーナメント大会の日
全校合同魔術トーナメント大会の日になった。
結局マティスは、国王の体調不良で急遽公務が忙しくなり学校もほとんど来ることが出来なかったため、大会の練習や作戦を立てることが出来るわけもなく、ぶっつけ本番になってしまった。
「ごめんリュカ、アイラ。まったく練習できなくて」
「別にいいが。それより今日は良かったのか?」
リュカが心配そうに訊く。これほど忙しいのに、今日だけ仕事がないのはおかしい。
「んー、どうにかね……」
目の下にクマを作り疲れ切った顔で微笑むマティスに、リュカとアイラは、大丈夫じゃないなと悟る。
「マティス、無理して出ることはないわ。棄権すればいいんだから」
前世で嫌というほどマティスを見てきた。今のマティスは無理している時のマティスだ。この疲れ切った顔が何よりも証拠だ。本来なら今すぐに精霊魔法の癒やし魔法で疲れを取ってやりたいが、数え切れないほどの生徒が周りにいるため出来ない。
「そういうわけにはいかない! そんなことしたらアイラがまた悪く言われるからね」
そう言われアイラは複雑な顔をする。
マティスのその優しさはとても嬉しいのだが、マティスが仕事で大会を棄権してもしなくても、アイラが悪く言われるのは変わらない。そういう者達は結局悪く言いたいだけなのだ。ならば最初から棄権してもらい、少しでも自分の体をいたわってもらいたいと思ってしまう。
「そんなこと気にしないから無理に出なくていいわよ。マティスは自分のことを優先に考えてくれればいいわ」
するとリュカが言う。
「アイラ、マティスはただ大会に出たいだけだから気を使わなくていい」
「え?」
思いもしなかった言葉を聞き、アイラは目を瞬かせる。
――出たいだけ?
マティスは皇太子という立場から、戦うものには練習試合であっても出ることを禁止されている。だがこの大会だけは危険がないということで唯一参加が許されているため、マティスは何があっても出たいということのようだ。
「リュカ! ばらすな」
顔を赤くしてばらしたリュカへと抗議するマティスを見て図星のようだとアイラは微笑む。
――マティスもみんなと同じようにしたいのね。
つい精神年齢が上のため、ついマティスが弟のように見えてしまう。
「わかったわ。じゃあマティス、結果は関係なく楽しみましょ!」
これでマティスのストレスが少しでも解消されれば、それはそれでいいとアイラも納得する。
笑顔で言うアイラにマティスは一瞬ドキっとし目を奪われる。だがすぐにその感情に蓋をし、笑顔を見せ「そうだね」と返した。
大会の結果はと言うと、準決勝まで行ったが、試合が押したこともあり、マティスのどうしても外せない公務の時間とかぶり棄権して終わった。
救いだったのは、最初の3試合は出れたことだ。マティス的には最後までやりたかったようだが、ケインとギルバートの話から、隣国の皇太子が来るらしく、絶対に外せない案件だったようだ。だがマティスは絶対に出ると言うことを聞かず、護衛のケインとギルバートが困っているのを見かね、リュカが魔法で拘束し強制的に王宮に戻って行ったのだった。
「リュカ! 覚えておけよ!」
そう叫びながら連れて行かれたマティスを見て、少し可哀想だとアイラは苦笑し、
「よかったの?」
と聞けば、
「いつものことだ」
とリュカはそっけなく返した。
確かに慣れている感じで、護衛のケインとギルバートもリュカに頭を下げお礼を言い去って入ったのだ。リュカならマティスに何をしても許されることを知っているからだろうとアイラは思った。前世の時もそうだったからだ。よく王宮の時にマティスが愚痴っていたのを思い出す。
それにしても学生からそうだったのかとアイラは微笑む。
「ほんと、仲がいいわね」
分かっていたが、2人のやり取りを見ていると本当にマティスはリュカを信頼しているのだと実感する。
ただ前世と違うところは、マティスへのリュカの態度だ。前世の時はもう少しリュカの態度は冷ややかだったように思える。そして無表情だった。今も感情の起伏が激しいわけではないが、前世の時よりもリュカがマティスに話しかけることが多いように思える。それはただ学生だからかもしれないが。
「後でマティスに怒られるわね」
「いつものことだ。気にしない」
と鼻で笑うリュカは、やはり感情豊かだ。
すると大会出場者の合同控え室にサラとライアン、カミールがやって来た。
「アイラー! リュカー!」
手を振るサラにアイラも手を振り迎える。
「来てくれたんだ」
「うん。それにしても残念だったわね」
「仕方ないよ。マティスが外せない公務だったから」
アイラは苦笑する。
「でも殿下とリュカ、凄いわね。リュカは何となく凄いとは思ってたけど、殿下も強いとは思わなかったわ」
サラはアイラ達の試合の感想を言う。
「マティスは小さい頃から護身用に剣と魔術を習っているからな。だからけっこう強い」
リュカは小さい頃一緒に習ったことを思い出しながら答える。
最初マティスは、リュカが叔父のバロンから剣を習っていた事を知り、リュカと一緒にバロンから習いたいと頼み始めた。そしてマティスはリュカに魔術も一緒に習おうと誘ってきたのだ。
「ねえリュカ、剣も一緒に習っているなら、魔術も一緒に習おう」
8歳のマティスは嬉しそうにリュカに言う。だがリュカは迷い、その場にいたマティスの魔術の先生へと視線を向けた。どうしたらいいのか分からずリュカは先生に助けを求めたのだ。マティスの魔術の先生は、リュカの父親オーエンとも知り合いでリュカの魔力が多いことも知っていた。先生はリュカがどう断ればいいのかと迷っていると思い、
「マティス様、困らせてはいけませんよ。リュカ君は別の先生から習っているんですから。ですよね?」
とマティスへ説明しリュカを見る。
「あ、は、はい……」
その時のリュカは、オーエンは海に出ていたので習ってはいなかった。
歯切れの悪い言葉のリュカに先生は気付いたようだ。
「リュカ君、お父さんから習っているんじゃ?」
「父上はずっと海に出ているので……」
そこで先生は気付いたようだ。
「そうだったんだね。じゃあリュカ君も一緒にやるかい?」
「いいのですか?」
「ああ。マティス様もその方が嬉しいですので」
先生がマティスへ視線を向けるとマティスは嬉しそうに頷いた。
「うん。リュカ、一緒にしよう!」
リュカは喜び頷く。
「うん!」
それから魔術もマティスと一緒に習うことになった。だが魔術はマティスに合わせる形だ。先生も分かっていて、
「悪いね。リュカ君には物足りないね」
と言ってきていた。
「いいえ。勉強になります」
リュカにとっては先生の授業は新鮮だった。オーエンからは魔力の制御の仕方ばかり習っていたからだ。
「父上からは制御の仕方しか習っていなかったので……」
「そうだったんだね。じゃあ先生が色々教えてあげるね」
そしてリュカは基礎を先生から教わったのだった。
昔のことを思い出し懐かしく思っていると、
「おい!」
と声がした。誰だと顔を上げるとローランだ。
「なに?」
リュカは答えると、ローランは笑みを見せる。
「いやな、棄権になってよかったと思っているんじゃないかと思ってな」
「どういうことだ?」
「準決勝で戦うはずだったのが俺達だったからな。負けたら殿下に顔向け出来ないだろうからな。だからホッとしているんじゃないかと思ってな」
ローランはクツクツと笑いながら言う。自分達のチームより弱いと言いたいようだ。だが、相手にするのが馬鹿らしく何も言わずに無視をすることにする。だがそこでもう一つ懸念に思うことがあった。アイラだ。何も言わないだろうなとアイラへと視線を向ければ、案の定、
「そんなことないわよ! 私達のが強かったわよ!」
と椅子から立ち上がり指を指しながらローランへと突っかかったのだった。それを見たリュカは、「はあ」とため息をつき額に手を押さえて天を仰いだ。




