60 国守玉の前で
ジンはユーゴと別れると王宮の地下にある国守玉の部屋へと行く。
国守玉がある部屋の前には部屋を囲むように結界魔法陣がかけられ、国守玉が許した者しか入ることが出来ないようになっているが、ジンは『国守玉の脚』であるため結界を通り抜け扉のノブに手をかけて中に入る。
中に入ったジンは、その無駄に広い部屋の真ん中にある国守玉の前まで来て見上げる。国守玉は、今はきれいに浄化がされ何も問題なく虹色に輝いていた。
――この前アイラが浄化したからだな。
ジンはそのまま国守玉を見つめながらユーゴが、
「『国守玉の脚』の者の中に当てはまる人物がいないということは、その犯人は『国守玉の脚』の者からあの場所を聞き出したのかもしれないね」
と言った言葉を思い出し、絶対にあり得ないと否定する。
――まずそのようなリスクを背負う理由がねえ。
『国守玉の脚』の仕事はけっこうハードだが、国から支給される給与は半端なく、国守玉の加護もあり、生涯『国守玉の脚』の五守家は安泰だ。
だが『国守玉の脚』の者が裏切り行為をした場合、やった本人の能力は失われ、その家系は国守玉の加護も無くなり、国から支給される膨大な給与も無くなる。
そのすべての恩恵を失ってまで誰かに情報を漏らすメリットがあるのかと言えば、否だ。
小さい頃から父親に耳にタコができるほど言われていることがある。
「もし私達家族の命がないぞと脅されても絶対に『国守玉の脚』の情報を何1つ漏らすな。家族ではなく『国守玉の脚』の秘密を守れ。それが『国守玉の脚』の家系に生まれた定めであり家訓だ」
そしていつも最後に決め台詞のように、
「まず脅されてもうちの家系は負けないけどな」
と笑って言うのだが、まったく冗談でも驕りでもない。負ける気がまったくしないからだ。
それだけ国守玉から与えられた力が強いということだ。
ジンの家系は一番強い魔獣を相手にする『国守玉の脚』のため国守玉から与えられる力も強い。だからか国守玉の力に堪えられて扱える強い体で強い魔力持ちが産まれる。
他の五守家も例外ではない。力の強さは違えど恩恵は同じで国守玉の加護もある。
だから裏切ることはまずないに等しい。
そして『国守玉の脚』の伝承は口で行われ、文字で残すことはしない。
だから漏洩もあり得ない。
可能性があるとしたら、誰か他の者に情報を漏らし、力を失った者を隠している場合だ。だがその場合、その家系は国守玉の加護はなくなり給与も支払われなくなるため、他の五守家が気付くはずだ。
だからその可能性もないだろう。
そして五守家の人物ではない決定的な理由。それは、現『国守玉の脚』の者で、魔術玉にあの遠距離と1000メートルの深さまで転移できる魔法を付与できるほどの魔力の持ち主が、今のところ自分しかいないということだ。
そこである2人の人物――ジンの父親と兄が浮かぶ。父親と兄はジンよりも膨大な魔力があり、国守玉の力も強い。あの2人なら付与するのは簡単だろう。
だがもう2人はこの世にはいない。だからこの対象には入らない。
「はあ……」
ジンは大きなため息をつき、国守玉に愚痴る。
「どうなっているのか俺に教えてくれてもいいと思うんだが? 国守玉」
だがそれはお門違いだということも分かっている。
国守玉は、国守玉自身の浄化と危機が迫った時、そして国の衰退、滅亡を回避するために自身の力と『国守玉の脚』を使って動く。
だがそれは国守玉自身と『国守玉の肢体』に直接関係することに関してのみであって、人間の行動の場合はそれには当てはまらない。それはどれだけ国守玉が神のような存在だとしても、人間が考えていることまでは分からないということだ。
その証拠に前世でアイラは殺されてしまった。
「国守玉、あんたがリュカとアイラをこの時代に魂を戻したということを分かってるか? あんたはただ時間を戻すだけで、それで終わりなのか?」
だがそこでアイラが『罪人の墓場』に転移された時、リュカに場所を教えたのが国守玉だということをリュカが言っていたことを思い出す。
「違うか。一応珍しくアイラを守ってたな」
国守玉が、『国守玉の脚』でもないリュカに場所を教えアイラを助けさせたのだ。
――まあ、あの場所が国守玉が関与している『国守玉の肢体』だった場所だからかもしれないが、リュカに映像で教えることが出来たということは、やっぱあの2人の魂を戻した国守玉と深く繋がったからなんだろうな。
ジン達『国守玉の脚』はそのような国守玉の思考や国守玉が映像を見せるということはない。知らぬ間にそのように動かされると言ったほうがいい。だから『脚』なのだ。
――あの2人は国守玉にとって特別なんだろうな。
リュカとアイラは前世の記憶からそうならないように動いている。だとすれば、国守玉もそのように動いているのかもしれないとジンは推測する。
「一応あんたには期待してるぞ。あの2人の時を戻したということは、国が滅びないようにするためなんだろ?」
ジンは国守玉に向かって言う。だが返事がないことも分かっている。だからそのまま一方的に話す。
「俺も巻き込みやがったんだ。だから最後まであいつらを守ってやる。だからちゃんと最後まで責任とれよ国守玉。頼むぜ」
そう言ってジンは踵を返すと部屋を出て行った。
誰もいなくなった国守玉の前に1人の小さな人物が現れる。そしてコクンと頷き、またすうっと消えた。
それから2日が過ぎた。結局リゼットは魔術玉を購入したことは認めたが、
「え? そんな大変なものだったんですか? ごめんなさい知らなかったですー。私はただ学校で使う魔術玉と一緒だと思っていたので、そんな転移魔法が付与されているものだったなんてまったく知りませんでしたー」
と言い、一緒に呼び出されたアイラの手を握り、
「アイラさん、飛ばされちゃったんですかー。大丈夫です? 何も知らなかったとはいえ、ごめんなさいね。私まったくそのつもりはなかったのよ」
と謝罪したのだ。アイラの顔がひきつっていたのを思い出し特訓の時にジンは笑う。
「アイラのあの時の顔。不満ありありだったよなー」
「当たり前じゃないですか! よくもシャーシャーと言えるなと怒りより呆れましたよ」
アイラも思いだしムッとする。
「あのお嬢さんすげーなー。あそこまで言い切るのは女優顔負けだぞ」
「なに褒めてるんですか。飛ばされて殺されかけた私の気持ちにもなってくださいよ」
口を尖らせ言うアイラにジンは「すまんすまん」と謝る。
「別に褒めてねえ。強かだって言ってるんだ。あのユーゴ先輩や俺を前にして、あそこまでやりきれるのは並大抵のやつでは無理だ。たぶんあのお嬢さん、昔からずっと表と裏の顔を使い分けてきたんだろうな。すぐに出来ることじゃねえ。ありゃあもう身に染みている。あのユーゴ先輩があれ以上言えなかったんだからな。ある意味すげえよ」
確かにリゼットのことを知らない者は、表の可愛くか弱い、そして泣き虫なリゼットを信じてしまうだろう。だが本心は違う。とても嫉妬深く、男にチヤホヤされたい、一番でいたいというお嬢様気質で、思い通りになるなら何でもする女性なのだ。
それはジンがリゼットの額に手を当てて分かったことなのだが、ジンに言われなくてもアイラには分かっていた。そして思った通りの人物だと思ったぐらいだ。
「じゃあ、リゼットが何かまだ隠していると?」
リュカが訊ねるとジンは首を横に振る。
「いや、本当に悪戯目的程度の転移魔法が付与されている魔術玉だと思っていたようだ。まあ何も知らなかったというのはある意味正しい。だからおとがめ無しになったんだけどな」
ジンは嘆息しアイラへ視線を向ける。
「これに懲りてお前に悪戯しなくなるんじゃないのか?」
「ならいいんですけど……」
アイラは半笑いする。
「で、そんな話をしに来たんじゃないですよね?」
リュカがジンへ言う。
「さすがだなー。リュカ、お前に用事」
「やっぱり……」
思いっきり嫌な顔をするリュカにジンは、
「お前、最近顔に出過ぎだ」
と肩を窄めるのだった。
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