5 時を戻ってくれないか?
ブノアの反乱が起きて1ヶ月が過ぎた。
リュカとマティスは、信頼する者の家の別荘を借りて身を隠して過ごしていた。
「マティス、大丈夫か?」
「ああ。今日は気分がいい」
マティスはベッドの上に座り微笑む。マティスはそう言うが、どう見ても日に日に悪くなっているのは目に見えて分かった。
マティスの傷口はリュカの治療魔法で完治はしている。だが体内に入った呪毒を消すことは出来ず、マティスの全身に呪毒はまわり徐々に蝕んでいっていた。呪毒が体を蝕んでいくと、どす黒い模様が体中に浮かび上がってくる。マティスに刻まれた模様はもう首元まで這い上がってきていた。
全身に模様が浮かび上がれば命は尽きる。もう残された時間は後少しだった。
リュカに出来ることはその呪毒の進行を魔法で遅らせることしか出来ず、それもあまり効果はなく、ただ見守ることしか出来ないことに不甲斐なさを感じていた。
リュカはこの1ヶ月の間、数知れないほどの医師や精霊魔法士に呪毒の解読方法を知っているかと聞いて回った。だが誰1人と知る者はいなかった。
「マティス、すまない。まだお前の呪毒を解ける者を見つけることができない……」
リュカは顔を下に向けて言う。
「いいよ。この呪毒はまだ開発されたばかりで誰も解くことが出来ないんだろ? ならしょうがないよ」
この呪毒は、自身が体験し解読するのが不可欠な代物だった。そのため誰1人とこの呪毒の解読方法を知ることが出来なかった。
もしかしたら精霊魔法士の誰か1人ぐらい解くことが出来るかもしれないとリュカは顔を変え国中探し回ったが、誰1人これは無理だと首を振った。
「国の様子はどう?」
マティスが話題を変えた。
「お前の叔父が国王になった」
そしてマティスは死んだことになり、その犯人がリュカのだとされていた。だがそれよりも大きな問題があった。
「今世間では新しい国王よりも国の行く末の方が気になっているようだ」
理由は、すべての木は枯れ始め、植物は育たなくなり、国全体の緑が消え始めていることだった。それはあることが原因ではないかと密かに囁かれていた。
「国守玉の力が衰えたからだと国民は気づき始めている」
国守玉とは、国の守り神的な存在の直系2メートルほどある透明な水晶の中が虹色に輝いている玉だ。どこの国にも必ずあり、国を守るために力を使っている。
そして国守玉は常に浄化をしなくてはならない。その仕事をしていたのが聖女と呼ばれる女性だ。だがその聖女は今この国にはいない。
マティスは顔を曇らせて言う。
「もうこうなってしまってはどうすることも出来ないよ。国守玉を浄化出来る本物の聖女がいないんだからね。偽物の聖女では国守玉の浄化は結局無理だったんだよ」
ソフィアは叔父のブノアが仕向けた偽の聖女だった。それをいち早く気付いたのがアイラだ。だが最初誰もアイラの言うことを信じなかった。そのためアイラは証拠を掴むために周辺を嗅ぎ回った。それがいけなかった。ブノアに目を付けられ殺されてしまったのだ。
「だが精霊魔法士が手伝っているんだろ? なら弱ることはないんじゃないのか?」
聖女の浄化だけでは追いつかないため、アイラ達精霊魔法士が浄化を手伝っていたのをリュカは何度も見ていた。
「それはアイラがいたからだ」
「え?」
「1度だけアイラがいない時に精霊魔法士達が国守玉の浄化をしたことがあったんだよ。だけどその時だけ浄化はうまくいかなかったんだ。その時に精霊魔法士長がこっそり僕にだけ教えてくれた。この浄化はいつもアイラの力が大きいのだと」
「!」
「アイラの精霊魔法は、他の者と格段に質が違うと言っていた。それを知っているのは精霊魔法士長だけだとも。だからアイラはこの国にはかかせないのだと」
「じゃあ、今この状態は?」
「アイラが死んだからだろう。本物の聖女がいれば違っただろうけどね。もう国守玉が機能しなくなるのも時間の問題だ。この国も終わりだ……」
リュカはギッと奥歯を噛みしめる。
「すまない。俺が早く彼女の所に行けていたなら」
「リュカが悪いわけじゃないよ。悪いのは叔父だ」
マティスは顔を歪ませる。
「もっと叔父を警戒しておけばよかった……。」
マティスはブノアが何か企んでいそうだということまでは気付いていた。だが国王は実の兄弟だからか、ブノアのことを信じると言って疑うことはしなかった。それが命取りになったのだとマティスは悔いる。だが今さら後悔してもしょうがないことだ。
マティスは窓の外の景色を見て1度深呼吸をして後悔の念を消す。
「リュカ、僕はもうもたないだろう」
「……」
「1つお願いがある」
「なんだ」
マティスは真顔で言う。
「その前に1つ確認だ。前に僕に言ったよね? 死んでくれと言ったら一緒に死ぬと。それは今も変わらない?」
「ああ。今もその気持ちは変わらない」
間髪入れずに答える。
「お前が命令すれば、俺はそれに従う」
嘘ではない。マティスの専属魔術師になった時からそう決めていた。
「じゃあ時間を遡り、この最悪な状態のこの国を救って欲しいと言ったら?」
「!」
「別にすごく愛国心があったわけじゃない。でも理不尽な理由で僕の大事な人達、そして国と王座を奪われるのは許せない」
マティスは怒りを露にする。そしてリュカに視線を向けて言う。
「大魔術師と称される君ならこの意味が分かるよね?」
「……」
魔術の中で高難度の魔法に時間を遡る魔法がある。だがそれには膨大な魔法と1人の人の命が必須だった。
「君は時間を遡って、やり直してくれないか?」
「だが!」
「僕のことは気にしなくていい。どうせもう持たない体だ」
「……」
「これは僕の皇太子としての最後の命令だ」
リュカは悲しむように弱々しく微笑む。
「……命令なら断ることが出来ないじゃないか」
そんなリュカにマティスも微笑む。
「そう言ってくれると思っていたよ」
「……」
そしてマティスは穏やかに言う。
「リュカ、お願いだ。この国と僕と、そしてアイラを守ってくれないか?」
その表情は、何かを決意した男の顔だった。リュカはぐっと口を一文字に結び下を向く。もう何をしても覆すことは出来ない。残された道は1つしかないのだ。
リュカも腹をくくる。
そして顔を上げ、マティスを見るとその場に跪く。
「リュカ・ケイラー。主君マティス様の命に従うことをここに誓う」
マティスは笑顔を見せて言う。
「僕の最期のわがままを聞いてくれてありがとう。頼むよ」
「ああ。今度こそお前や彼女を殺させはしない」
そう言ったリュカの顔は苦渋の表情だった。これはリュカの本意ではないからだ。マティスの最期の願いはマティスの命を奪うものなのだから。
「リュカ、君は魔術騎士として優しすぎる。もう尽きる命の僕のことを思わなくてもいいよ」
「マティス……」
「それにこれは僕の命を守ることでもあるんだから」
そう頭で分かっていてもすぐに割り切ることは出来ない。この1ヶ月、マティスの命を少しでも延ばすことだけを考えて行動してきたのだ。それをこの手で命を奪うことをしなくてはならないのだ。素直に受け入れることが出来ないのは当たり前だ。
そんなリュカの気持ちを知ってマティスは苦笑する。
「すまないリュカ」
するとリュカが大きくため息をつく。
「謝るな。俺が悪かった。往生際が悪かったよ。お前が一番辛いのにな」
クスッとマティスは笑う。いつもそうだ。リュカは自分のことよりもマティスの心配ばかりをしている優しい大魔術師なのだ。それがマティスにとって嬉しくあり救われていた。
「リュカ、最期に言わせてくれ。今までありがとう。僕の騎士として、そして親友として付き合ってくれて感謝する」
「俺もだ。お前が主君でよかった」
リュカの頬に一筋の涙が伝う。
「リュカ、最期ぐらい笑顔でいてくれ」
「そうだな」
リュカは笑顔で応える。そして立ち上がると足元に魔法陣を出現させた。
「また会おう、マティス」
「ああ」
リュカは呪文を唱える。すると魔法陣が強烈な光を発し部屋の壁を突き破り空に向かって光の柱が出現した。
そしてリュカはその場から消え、マティスは息を引きとった。
魔術師達はその柱を見て言う。
「ああ、大魔術師様がお渡りになった。ならこの国は終わりだな」と。